”最高の居飛車”と”最高の振り飛車”の戦い~叡王戦第1局
”最高の居飛車”と”最高の振り飛車”の戦いの火ぶたが落とされた。
叡王戦第一局、藤井聡太叡王に菅井竜也八段が挑む。
振り駒の結果、藤井叡王の先手番、菅井八段の後手番となった。
戦型は、事前想定の通り、後手菅井八段が飛車を振り、タイトルホルダー藤井叡王が居飛車に構えた。
振り飛車党はアンダースローのピッチャー?
周知の通り、振り飛車党のトップ棋士は少ない。
すぐに思いつく振り飛車党と言っても、久保利明九段、戸部誠七段など、数少ない。現在、A級に属する棋士では菅井八段だけである。
つまり、希少な存在なのだ。
野球に例えるならば、アンダースローのピッチャーが少なくなったようなものかもしれない。技術的には、肘に対する負担が大きいのかもしれないし、教科書として参考にできるサンプルが少ないといえるかもしれない。
将棋界を席巻した藤井猛九段による藤井システムは現在においてもプロ、アマチュアどちらからも評価されるものであるものの、現下のトップ棋士に振り飛車党は少なく、時折飛車を振る、あるいは振り飛車を指していたが居飛車に転向した、などさまざまな背景と要素があるだろう。例えば、広瀬八段や中村八段などが振り飛車から居飛車に転じたことが思い起こされる。
振り飛車とAIの評価
そして、なによりもAIが振り飛車を評価しない、していない、辛く厳しいということも影響しているのだろう。AIは後手番に対する評価が高くない傾向があるようにみえるが、本局も序盤から後手番、菅井八段の評価値は50%を切ったまま進行した。
菅井八段の「意地」
しかし、菅井八段は振り飛車党の「意地」のようなものを前日の記者会見でも滲ませていた。
「将棋というものは、最後は力の強いほうが勝つ」のであって、そもそも振り飛車が不利であるという世間一般に対する申し立てを盤面で表現しようという矜持が感じられた。
わたしの記憶の限りでも、菅井八段はAIによる評価値ばかりを気にすることはないと取材などで述べていたように思う。つまり、現下の将棋界で振り飛車を指し続けるということ、またそれで勝ち星を積み重ねるということは、現下のAI全盛の将棋界に対する挑戦とも捉えることができるのである。A級順位戦でも藤井叡王を相手に勝利をもぎとっていた。
菅井八段、振り飛車、独自性
解説でも、AIが振り飛車を評価しない傾向にある以上、将棋AIを用いた事前研究がしづらい、そして野球のピッチャーのように同じスタイルのライバルも少なく、参考にできるサンプルも当然少ないという事情を引き受けるということになる。
菅井八段に直接尋ねたわけではないが、いわば負けん気がなければ振り飛車党を続けるということは難しい当世なのだろう。そのために、Twitterで面白い文言の投稿をしたり、格闘技に通じていたりと、盤外でもユニークさを表出している棋士である。先日の名人戦解説でも、岡山の方言や気質を感じさせる独自のコメントの棋風を示してもいた。
大まかな棋譜
4手目、後手の菅井八段、三間飛車(サンケンビシャ)を作戦として提示した。
13手目、先手の藤井エイオウ、9四の歩を受けないことから、突き越した。結果的にはこのアドバンテージを最後まで主張点として設定し、保ち続けた。
34手目、後手の菅井八段、てっきり穴熊で囲っていくかと思われたが、「自玉の堅さ」よりも「攻撃力」を取ったという。
45手目、2六角、藤井の角が躍動する。
50手目、後手の飛車が、振り飛車の常套手段を示す。
65手目、「人間らしい」手なのか、6八に角を戻して力をためる。
74手目、勝負手といえるのかもしれない。「先手の最大の主張点に対する働きかけ」で局面の打開を目指す。
2、3、4筋の競り合いを正確に対応し、90手目前後から藤井叡王のギアもスピードも上がっている。
101手目、8七にうった桂の的確さを活かしながら、「視野広く」AIの示す最善手で4五に飛車を上げた。詰みまでの複数の順路を読んでいるようにも映る。
以降、9筋を正確に鋭く指し進めながら、一度も「藤井曲線」を乱高下させることなく、端歩のアドバンテージを最後まで保持し通した。水面下でもつれる要素もあったのだろうが、藤井叡王らしく、見た目に「危なげなく」、また、菅井に細い攻めを天才的につなげることもさせず、指しまわした。
147手目、後手、菅井八段が粘った末に、投了した。
まとめ
終局後、久保九段の司会による大盤解説に登場した両棋士。
印象的であったのは、菅井八段が落胆や敗戦の苦みよりも、5年ぶりというタイトル戦で対局することでの充実を感じさせる言動だった。
藤井叡王は立会人の島朗九段も対局途中の神田明神レポートの際に述べていた通り、挨拶が非常に流暢となり、直近における王将戦での羽生九段、棋王戦での渡辺名人との対局なども血肉としながら、盤上のみならず盤外でも王者としての振る舞いを示し始めていることも印象的だった。
本シリーズが、最高の居飛車 対 最高の振り飛車となることを望んでやまない。
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