〜ある女の子の被爆体験記6/50~ 現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。 原爆の3エネルギー①放射線
原爆の特徴である3つのエネルギーが、瞬時に街を突き抜けました。そして、その瞬間、人々は、そのエネルギーが、自分の体を突き抜けたことに気づくことはありませんでした。最も速く人体を突き抜けるエネルギー、それが放射線です。
爆弾炸裂よりも早く、地面に到達した放射線
この中でいちばん最初に人体に到達したエネルギーは、100万分の1秒の速さという想像を超えた速度で人々の体を通り抜けました。放射線は、原爆や核兵器に特有なエネルギーです。
放射線の速度がはやい為、起爆された原子爆弾の殻が、炸裂せずにその殻の形を保っている状態の時にもうすでに、爆心地に到達し、人々を透過していました。
放射線を大量にあびると、人間の細胞は壊され、臓器が働かなくなってしまいます。急性の臓器障害が原因となり人は命を落とす一方、慢性の障害も起こします。数ヶ月から数十年の間に何らかの癌を引き起こすことも知られています。
〜急性の放射線障害の症状について〜
骨髄の症状
大量の放射線を浴び、多くの被爆者は急性の症状を出しました。骨髄は放射線の影響を受けやすく、早期から正常に機能しなくなり、その症状が被曝した人を襲います。
つまり、血液を作る機能が壊れてしまい、体から、正常の白血球や赤血球、血小板の数が急激に減るのです。そうするとどうなるのでしょうか。
骨髄は、骨の中心にあり、赤血球や白血球、血小板を作っている器官です。放射線により骨髄が壊れると、赤血球を作れなくなり、いわゆる貧血になります。赤血球は、酸素を身体中に送り届ける役割をしているので、放射線によって急激に赤血球数が減ると被爆者は酸素不足で息切れを起こします。また、ひどいだるさを感じ、動けなくなってしまいます。
白血球数が減ると、病原菌と戦う免疫力がなくなり、被爆者の体は弱い病原菌にも負けてしまいます。こうして感染症にかかると、菌が簡単に全身にまわり、人は死んでしまいます。具体的には、火傷で皮膚に膿ができれば、そこから感染が全身に広がり、命に関わる状態になります。
さらに、出血を止める糊や絆創膏のような代わりをする、血小板数が放射線によって著しく減少すると、出血が止まらなくなります。
「皮膚に紫の斑点が出てきた」
というのは、血小板が減少して、皮膚に小さい内出血を起こした症状です。この症状は、被爆者が重度の放射線障害を受けていたことを示します。
消化管の急性障害
急性の放射線障害として、嘔吐、下痢、下血といった消化管障害も多くの被爆者に早期から見られていました。
被爆後、数時間から数日で、胃や腸などの消化管の細胞が機能しなくなり、消化ができなくなったり腸が動かなくなったりするのです。消化管の粘膜が壊れると、出血を起こし下血します。出血の原因には、血小板の減少も要因になったことでしょう。白血球が減少し免疫が低下することで、腸炎、消化管の感染症にかかる人も少なくなかったでしょう。
消化管の被爆は、体の外からの放射線に被曝した影響もあるが、体の中から被曝する、いわゆる内部被曝の影響が大きいと考えられます。被爆者だけでなく家族を探しに広島や長崎に入った人々は、破裂した水道管から水を飲み、食べ物を口にしました。貯水槽の水や川の水を飲んだ人々も大勢いた。被曝直後に広島や長崎にあった食べ物や飲み物の多くは、原爆によって放射線を含んでいたため、人々は体内被曝を知らず知らずのうちに起こしていました。ちなみに、体内被曝は、消化管からだけでなく、放射性物質の混じった空気中の灰や塵を吸い込むことで、肺からも放射線を吸収したと考えられます。
脱毛症状は、被曝から約2週間後に見られた放射性障害の症状です。毛根の細胞が障害され、新しく毛を生み出すことができなくなります。多くの場合は数ヶ月後に髪の毛が生えてきますが、脱毛がもたらす精神的ショックは女性ならず男性であっても大きいものです。どれだけ自分が放射能に侵されているか、重症であるかを、身をもって知ることになります。脱毛があったからといって死ぬことには直接はつながりませんが、
「もしかしたら死ぬかも知れない」
というような恐怖も感じさせるものです。
さらに、脱毛が見られれば、他人から見れば被爆者であることがわかってしまいます。当時まだ被曝の影響がほとんどわかっていない時代には、迫害の対象にされがちでした。ただでさえ、被曝して肉体的につらい状態であった被爆者の方々です。女性であっても子供であっても、精神的に大変な状態を生き抜かなければならなかったことが推察できます。
〜慢性の放射性障害(晩発性放射線障害)〜
放射線の障害には、急性だけでなく、何年あるいは何十年経ってから現れてくる晩発性放射線障害があります。
1950年ごろ、原爆投下後5年が経過したころから、白血病患者が増加しました。1955年頃からは甲状腺ガン、乳ガン、肺ガンなど悪性腫瘍の発生率が高くなった。大腸ガンなどの消化管のガンや肝臓ガン、皮膚や骨のガンなども被曝との関連があるとされます。
〜妊娠中に胎内で被曝した赤ちゃん〜
また、妊娠中に被曝した母親から出産された赤ん坊にも原爆の放射線による影響が現れました。胎内被爆児は出生後も死亡率が高かっただけでなく、小頭症などの頻度が高く、出生前に亡くなることが多かったというショッキングな統計もあります。
過度な放射線が年月を経て引き起こす影響については、未だ十分に解明できていません。ただし、生き残った被爆者がその後妊娠して出産した、いわゆる広島・長崎の被曝2世に関しては、現在のところ、放射線の影響を示す明らかなデータは認められていないようです。しかし、世代が変わり、親の代が被曝を経験したことは、子孫の代にもひっそりと心の傷を残し続けていることは、決して忘れてはいけないことでしょう。
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