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~ある女の子の被爆体験記26/50~ 現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。”おばあちゃんを見つけた“

再び、おばあちゃんを探しに

8月9日の朝、再び広島のおばあちゃんの家を目指して、ノブコは歩き始めた。昨日とおった道を戻る途中、兵隊さんの遺体はもう、どこにも見えなかった。通りには、荷車を押して遺体を片付ける人や、遺体を焼く兵隊さんの姿があった。
たくさんの遺体をみても、ノブコは考えることがなかった。ただ、まっすぐに土橋の家に行くことだけを考えた。路上に転がる焼けた体の一部が見えても、それを飛び越えて前へ進んだ。ガラスやガレキを数えきれなほど飛び越えたので、靴が壊れていないか、時々足の裏を見た。ノブコの足をみてくれた眼鏡の兵隊さんが結んでくれた紐を、靴の周りでときどき結び直した。
行き交う人々には、家族を捜しにきている人たちや、遺体をかたづける人、救護所の人がいた。たまに写真を撮る人がいたので、ノブコは、新聞記者かな、と思った。黒い煙が、あちこちで上がっていた。
家々が焼かれたせいで、遠くまで見通しは良かった。
それは昼ごろだっただろうか。
遠くから、土橋の家の辺りがうっすら見えてきた。家の当たりに、人が動いているのが遠くからも見えた。ノブコはおばあちゃんかもしれないと、大声をあげた。
「おばあちゃーん!おばーちゃーん!」
家の近くの人影には、ノブコの声は届かない。
ノブコは痛む片足を引きずりながら、走り続けた。割れたガラスも、炭もガレキも踏みつけたが、振り返ることなく走りに走った。
「おばーちゃーん!おばーちゃーん!」
その人影が、こちらを振り返った。
「おぉ、ノブコー」
そう叫び返したのは、父さんだった。お父さんが、ノブコの方を向いて大きく手を振っていた。父ちゃんのそばには、トシコ姉さんもいた。

家族との再会


「父ちゃん!お姉ちゃん!いつ広島に来たの?良かったぁ、会えて」
ノブコは心の底から安堵した。二人の顔を見て、ノブコは膝から地面に腰を落とした。
「おぉ、ノブコもどうしていたんじゃ。母さんは、もの凄く心配しておったぞ。それにしても、今までおばあさんを探していたのか。よう頑張ったのう」
お父さんは、ノブコの頭をガシガシとなでた。
「わしらがここへ来たのは、昨日の夜だ。それにしても、母さんが、お前のこと心配しておったぞ。ほんとに無事で良かったなぁ」
「あたし、おばあちゃんをここで探したけど、見つからんかったんよ」
ノブコがそう言うと、トシコ姉さんは、ノブコの方を見て首を横に振った。
「もしかして、見つかったの?」
ノブコは父さんの顔をのぞき込んだ。
「あぁ、たった今な。おばあちゃん、そこにおるようだ」
トシコ姉さんが、を何枚かどかすと、足のような形が見えた。

見つけた、おばあちゃん


ノブコは走りよった。足が真っ黒なのは土のせいではなく、炭のようにこげているためだった。ノブコは土を掘って、おばあちゃんの体を出そうとした。しかし、重くて動かない。
お父さんとトシコ姉さんとノブコは、おばあさんの体の上にのっている土砂やガレキを両手で懸命にどかした。
見えてきたものは、足と背中が炭のように焼け、黒い皮膚が割れ、皮膚が取れて赤くただれた体だった。なぜだか、腰のところだけ焼けていなかった。そこには、モンペの生地が少し残っていた。生地の柄をよく見ると、濃紺で赤いかすり模様のあるおばあちゃんのモンペだった。
間違いなく、それは、おばあちゃんだった。
ノブコの目は、土と埃のせいで、すでに真っ赤だった。
顔は黒く汚れ、汗が顎から垂れていた。
目の前が歪んで見えた。
涙は汗にまみれ、黒く汚れた顔に何本もスジを付けた。
口をゆがめ、眉間に深いしわを寄らせ、ノブコは土をかいた。
あふれる涙は拭いても止まらない。それを誰も気にする人は誰もいない。
「引っ張り出すぞ」
真っ赤な目、黒い顔、汗と涙まみれの3人は、手を止めなかった。
「せーの、ひっぱれ!せーのっ!」
3人で、土とガレキの中からおばあちゃんの体を引きずり出してみると、首から上が無かった。
「焼けて取れてしまったんだろうか」
3人は、手で土をかいて、かきまくった。指の切り傷が無数にでき、爪の間に砂つぶで指先が痛かった。頭を必死に探したが、いくら掘っても見つからない。おばあちゃんの体があった穴を広げ、周囲も掘り進めたのに、おばあちゃんの頭だけは見つからなかった。
もう何時間探しただろうか。
ドタリ。
トシコ姉さんが、地面に腰を落とした。それからは交互に休みながら掘り続けていたが、気がつけば、3人とも仰向けに横になっていた。
「ねぇ、おばあちゃん、苦しかったんかな。だって、手足がギューッと縮こまっていて痛そうだよ」
ノブコが漏らした言葉に、お父さんは空を見上げた。
「火で焼かれてると、関節が曲がってしまうもんだ。苦しかったってわけじゃないさ」
しばらく沈黙が続いていた。
ふと、強い風が砂嵐のような風がヒューッと吹くと、3人は顔を覆って体を丸めた。
「頭は、見つからないね」
「そうだな」
「そうだね、うん」
 その時、煤のついた顔をした兵隊さんが、声をかけてきた。
「あのー、河原で焼きますけん。良かったら、荷台にのせてください」
荷車には他にも遺体が乗っていた。
「ありがとうございます。助かります。お願いします」
父ちゃんが帽子をぬいで、兵隊さんにお礼を言った。
「ノブちゃん。頭を探すのは、もうあきらめようね」
トシコ姉さんに諭され、ノブコは頭を探すことを諦めた。
みんなで腰をおろし、おばあちゃんの体を前に、両手をあわせた。
3人で、頭の無い体を荷台へのせた。
ノブコは、焼けていないおばあちゃんの腰に触れた。
「おばあちゃんとは、これでもう最後なんだな」
そう思って、なんども曲がった腰をなでてさすっていると、目の前が曇った。汗を拭うように目元をなでると、自分の頬に涙が流れていることを知った。
「焼けるものあったら持ってきてくださいや」
兵隊さんに言われ、3人はガレキの中から木の切れ端をかき集め、おばあさんの体を焼く薪を集めた。
そうして、3人は川に背を向け、土手の近くに並んで座った。おばあちゃんの遺体が焼けるのをしばらく待っていたが、なかなか焼けなかった。途中で雨が降ったりしたので、火が消えないように焼けるまでに何度も薪の材料を見つけにいった。時々、壊れた水道管のところへ水を飲みに行った。
「そろそろ、だと思います」
兵隊さんは、3人を呼んだ。お父さんは兵隊さんに礼を言うと、兵隊さんはすぐにまた荷台を引ぱって行ってしまった。
炭に中を棒で掻き出すと、骨はまだ形があった。ノブコ達は、骨は石や瓦で割って小さく崩し、焼け跡で見つけた缶の筒に入れた。
トシコ姉さんが蓋を閉め、3人は手を合わせた。
お父さんは肩からさげたカバンに筒を入れた。
「さぁ、家へ帰ろうや」
ようやく帰れる。そう思った。

呉へ


列車の通っている海田市の駅までは、まだ長い道のりが続いていた。
時々、壊れた水道から吹き出る水に頭を突っ込んで、水を飲んでは歩いた。
黒い雨に打たれながら、暑さを冷まして、焼けた町を歩き続けた。
遺体やガレキ、ガラスを飛び越え、踏みしめて前へ進み、少し家が形になっているところまできた。
海田市駅にようやく着くと、ホームでしばらく呉行きの列車を待った。
遠くから小さい列車が海田市駅に向かってくるのが見えた。
とうとう列車が駅に入ってきた。乗客を降ろし、列車のおでこが、呉と表示されると、ノブコたちは飛び乗って、座席に体を埋めた。
疲れがすぐに3人のまぶたを下げた。
けれど、ノブコのまぶたの裏では、まるでスクリーンのように広島で目にした光景が映しだされ、そのたびに目を開けたくなってしまうので、結局全く寝つけなかった。
父ちゃんもトシコ姉さんも、一言もしゃべらない。
仕方なく目を開けたまま、ノブコは夕日の残した赤い空を窓の外に見つめていた。

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