~ある女の子の被爆体験記13/50~ 現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。 “アメリカ兵 “
ごめんなさい、アメリカの兵隊さん
再び、ノブコはガレキや倒れている人をよけながら、路面電車の線路をたどっていた。八丁堀の駅の交差点が見え始めたときだ。
街角で叫ぶ男たちがいた。肌着は破れ、浅黒い体の男が、何かを握り振り上げた。ノブコは近づきたくなかったが、電車通りのその場所を通らないわけにはいかなかった。
1人の男が舟のひっかけ棒(舟を集めたり離したりする、フックの着いた棒)を振り下ろし、大声で叫んでいた。
「よくも、よくも、家族をみんな殺しやがって。このやろう」
「ウワーッ!」
と声をあげて棒を振り下ろしていた。他の男の人も、大声で叫びながらひっかき棒を振り下ろしていた。棒の先には、人の体があった。そこには異国の人の顔があった。鉄柱に胴体を針金で巻かれていて、既に息を引き取っていた。
その西洋人の顔はまだ若かった。
「アメリカの軍人さんだ」
ノブコはすぐ、そう思った。中国憲兵隊司令部にアメリカ人捕虜が収容されていると、噂で聞いていたからだ。
男達の正面に少し離れたところに、この場に不釣り合いな男の人がいた。肩から鞄を下げてカシャリ、カシャリと、シャッターを押している。ノブコは、新聞記者だと思った。ただ何も言わずに、男達やアメリカの軍人さんの写真を撮り続けていた。
ノブコはアメリカの軍人さんの体を見た。顔や体に傷があり、服にはべったりと血がついていた。若い軍人さんの顔には血色は無く、死んでいた。
それなのに、焼け野原の中に紐でくくられたまま、その亡骸を棒や舟の引っかけ棒で大人達が叩いている。周りには見ている人もいた。
アメリカの軍人さんの体に、やけどは見られなかった。
「この軍人さんを、殴ったり叩いたりして、殺してしまったんだろうか。それとも、もうすでに死んでしまっていたのだろうか」
別の理由があったとしても、それがなんなのか、ノブコには全く想像できなかった。
「もういやだ。こんなの、いやだ」
泣き叫びながら棒を振り下ろすのをやめない男たちの姿に、ノブコの言葉は、突如、ほとばしるように喉から発せられた。
「やめてーっ!もうやめてー!もう死んでるんだ!叩くのはやめてーっ!アメリカ人だって、おんなじ人間じゃ!わかっとんじゃろ!人間じゃ!人間だー!あんたも人間じゃろ。もうやめー!」
ノブコは、狂ったように叫んだ。そして、いてもたってもいられず、その場から走り出した。走って、走って、何度も叫んでいた。次第に声がかすれて出なくなったが、それでもまだ、心の中で叫び続けていた。