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~ある女の子の被爆体験記40/50~現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。”解剖記録。急性放射線障害の初期症状”

潰瘍を作る咽頭炎と大腸炎、骨髄機能不全 (急性放射線障害の主な病態)

22歳 女性 喉の痛み 嘔吐と下痢 発熱


屋外で被爆

爆発の瞬間、爆心地から1.1kmの三川町警察の裏門前の道で体を伏せて、顔を覆った。(閃光を見たかどうかの記載は無い)服は黒い色のモンペをはき、白いブラウスを着ていた。爆心地から2.2km南にある舟入川口町の自宅に帰った。のどが痛くなり、帰宅してから30分後に3回嘔吐した。
被爆14日目から、髪の毛が抜け始めた。
18日目、下痢を夜中に4回、朝2回した。腹痛があり、発熱は39度だった。
19日目、平熱だった。白血球数は3300。しかし、下痢は23回、粘液と血液の混じる粘血便であった。扁桃腺は赤く腫れ、白苔(潰瘍を形成する前の状態)がみられた。便の細菌検査では、赤痢菌もチフス菌も認めなかった。夜、熱は40度になった。
20日目、白血球数は850と、著しく減少した。
21日目、白血球数は220と、さらに減少した。尿中にウロビリン、ウロビリノーゲンが見られる。
22日目から24日目は腹痛が激しく、熱は40度であった。喉の痛みに湿布をした。
25日目に、呼吸困難が激しくなり、26日目に死亡された。

解剖病理所見

高度の壊死性、偽膜性大腸炎
扁桃腺は、壊死
が目立ち、周囲は変色
頭部脱毛
凝結の欠除(血液が固まる傾向が見られない)
右肺上葉の結核病変
小腸、盲腸の少数の結核性の潰瘍
良好な栄養状態

腹部臓器の解剖にて、皮下脂肪が厚さ2cmあり、体格がよい。腹腔内に10mlの血液の混じった腹水をみとめた。小腸には潰瘍が複数見られ、一部は結核による潰瘍と瘢痕であった。回虫を1匹認めた。大腸には出血と、潰瘍を複数認めた。大腸のうち、下行結腸の壁は20cmにwわたり、厚くなっており、粘膜は黒く壊死していた。肛門から上に20cmつづく直腸、大腸は、黒く壊死しており、粘膜全体が8mmに肥厚、切り口には出血の痕がある

解説:

記録からは、この22歳の若い女性は、遮るもののない、屋外で被爆したことがわかる。女性が比較的体格がよかったことも記録されている。彼女は、喉の痛みを被爆直後から訴えており、被爆当日からの激しい吐き気と嘔吐がつらかったことであろう。被爆のごく初期から、リンパ組織の咽頭や扁桃の異常、大腸の激しい炎症があったと考えられ、強い急性放射線障害がごく初期から出現したと考えられる。14日目には、被爆の特徴である脱毛が見られ、その後、著明な白血球減少が見られた。女性は、比較的栄養状態は悪くなかったと推察される体格の少女だった。しかし解剖初見によると、彼女の大腸は潰瘍や壊死を広範囲に起こし、肛門から20cmの長さに、黒く壊死した腸管粘膜が見られた。著しく強い粘膜障害だ。

彼女は、脱水および体内の出血傾向あるいは免疫低下による敗血症から、肺水腫を含む多臓器不全をおこして死亡したと考えられる。

いずれにしても、放射線の影響はあまりにも強かったと考えられる。

急性放射線障害の特徴的な病態である、咽頭炎と大腸炎、骨髄機能不全 は、多くの被爆者を死にいたらしめた。

原爆記録からみる急性放射線障害の主な初期症状・重症度を示す症状・解剖所見のまとめ

「喉の痛み」 咽頭喉頭炎、壊死性扁桃腺炎

「飲み込むときの痛み」咽頭から食道への炎症

「嘔吐、下痢、腹痛、下血」 (壊死性、潰瘍性)大腸炎

*喉の痛みや下痢は、被爆当日から見られた

*歯肉出血や内出血などの症状は、数日から数週間後に出現。骨髄機能が停止し、血小板数が減少するまでに数日以上時間がかかるからである。逆に言うと、出血傾向を示す歯肉出血や皮下出血の症状は、骨髄抑制の症状である、重症度を示すとも言える。患者の重篤度を示唆する症状である。

*このデータは原爆の記録によるものである。放射線障害は、放射線の量にもよる。

*遮蔽について。遮蔽がない場所ほど被曝の影響を受ける。同じ放射線量を浴びても、遮蔽の有無で障害の程度が変わる。屋外より木造家屋、木造家屋よりコンクリート建物になるほど、放射線を遮蔽することはできる。厚い土の遮蔽でも、単なる屋外よりも遮蔽力を持つ。





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