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タチヨミ「星原理沙 小説集 その1」天空の国 第2話 ヨモギ茶
天空の国 第2話 ヨモギ茶
次の日、私は奈古神社に参りに行き、辺りを歩いて回ることにした。広々とした田の中にこんもりと古墳のような小山に奈古神社はあり階段を上った頂上の本様に参ると、宮司に会った。
「この近くに越してきたばかりで今日は神様にご挨拶です。ここはどういう神様を祀っておられますか」
「この奈古神社は江田神社と並ぶ日向で最古の神社です。ここ宮崎荘は宇佐八幡宮の領地で奈古神社も八幡様が祀ってあります」
「八幡様とは、守護神ですね」
「ここから街道を西へ行けば瓜生野八幡があります。そこには大宰府と、宇佐八幡にしかない神楽面があり神楽が奉納されます。行ってみるとよいですよ」
私は、改めて拝み、新たな興味を持ってこの辺りを歩いてみることにした。小高い山の谷のような街道を垂水に向かって歩く。左手に宮崎城がある。この荘園を治める領主、図師の入道様がこの山頂に住んでいるのだな。垂水の観音様のある小山を登っていく。観音様に参り下っていけば、右手の西の方に展望が開け、西都や穆佐の山並みのその奥へ続く山々や、霧島の高千穂の峰も見え、ぐるりと山脈が見渡せる。宮崎城は木々に隠れて見えないが、あのあたりだろう。ここからは、ずっと下り坂だ。柴を集めていこう。柴を腕に抱え、束が太くなると背負子に載せた。蕗が群生している。これは、うまそうだ。たくさん刈っていこう。柴や山菜を採りながら下っていくと、小さな寺を見つけた。垂水からはもっと遠いはずだが、ここが瓜生野八幡かと思い石段を登っていくと小さなお堂に祀られていたのは千手観音だった。ともかくこれもご縁、拝んでいこう。寺を出て石段を下り始めた時、前から杖を突き石段を登ってくる僧に出会った。僧は盲目であった。瞼は眼球をえぐったようにくぼんでいる。すると、杖の先が石段の隙間に引っ掛かり抜けなくなってしまった。力を入れると転んでしまうかもしれない。私は、近づいて声をかけた。
「お坊様、杖が石の間に入って抜けなくなっています。私が杖を取りましょう」
私は、杖を外して、お坊様の背に手を当て、添って寺へ戻った。
「すみません。どなたか知らんが、村の人ではないような」
「池内に越してきた心平と申します」
「ちょうど、茶を飲もうと思っておった。どうですか、ご一緒に」
「よろしいですか、いただいて」
お坊様は、寺の中ではうまく歩いていて、手際よく茶を入れてくれた。
「頂きます」
ヨモギ茶だった。
「普段は、村の人たちが世話をしてくれます。何やかや届けてくれたり、いろんなところを直してくれたりとありがたい。今日は、桜の花の香りがしましての。花の元へ行ってみたくなりました。私は景清と申します」
「昨日越してきたばかりですが、この辺りの山は山菜が取れるし柴を刈るのにもよいので千手観音様を拝みに来ます。これ、少しですけど、さっき山で取ってきました。どうぞ」
「これはいい香りの蕗ですな。いいのですか。あなたの晩ごはんをいただいて」
「大丈夫です。まだこれから瓜生野へ山を下って帰ります。途中採れるでしょう」
「ちょっと、待っていて下さい」
景清さんは奥へ行き、紙包みを持って戻ってきた。
「ヨモギ茶です。越してきたばかりで大変でしょう。こんな物でも少しは役に立ちますか」
「ありがとうございます。いただきます。それでは、日暮れまでに家に帰りたいので、そろそろ失礼します。また、来ます」
石段の前で振り返ると、景清さんはこちらを向いて見送ってくださっていた。
岩坂山を下って二股の岐路に出て左へ行った。上に神社が見えたので、そこを目指して登っていった。石段を登りきると、神社ではなく寺だった。瓜生野八幡ではなかった。前の岐路で道を誤ったか。ともかく、拝んでいくことにしよう。お堂の中は日が差しておらず暗く、幕に隠れていて奥にある仏像はよく見えないが、薬師如来三尊像だ。その隣にある不動明王は明るくよく見えた。不動明王の周りを囲んで八大童子もいる。
「私に不運が訪れた時には、不運を払いください」
寺に入るときには気付かなかったが、王楽寺と門のところにある。門を出ると展望が開けていて、荘園が一望できた。池内が見えるがそこへまっすぐ下っていく道はなさそうだし、ずいぶん遠回りになるが瓜生野八幡へ行こう。岐路まで戻り、もう一つの道を行く。
山を下り続け、平地に近いところに瓜生野八幡はあった。ひんやりとしているのは杉の巨木から清らかな空気が霧のように降り注いでいるからだろうか。杉の木肌に手のひらを当ててみると温かい。神楽があると聞いたけど、先に見てきた山寺と同じようにひっそりとしている。八幡様に願おう。穏やかな日々が続きますようにと。
山から下りて街道に出ると、大淀川の音が聞こえる。川原には葦が生い茂り、ツバメが何千羽も住んでいる。葦の茂る辺りには、大きな魚がたくさんいることだろう。今日は山菜を食べるとして、魚はまた今度だ。日が暮れるまでに家に帰れそうだ。
蕗を柔らかくして食べてから、囲炉裏の明かりで縄を編んだ。こうして、池内での暮らしが始まった。納めるために米を育て、食べるために野菜を育て、山で山菜や木の実やキノコなど季節の物を採り、柴を刈り、穏やかな日は川で魚やカニやエビを採り、雨の日には竹で籠や、魚を捕る仕掛けの籠を作ったり、縄を編んだり、草鞋を作ったり。何もしていないときもある。ぼおっとしていたり、横になって休んでいたり。私は籠を編むのが得意で、二十程作ると売りに行く。たくさんの籠を担いでいると
「売ってくれませんか」
と、声がかかる。それから、荘司のところへ持っていけばたくさん買ってくれる。籠を作るのは夢中になれるし、好きで作っているものが買ってもらえてお金になるし、喜んでもらえるのだからこんなにいいことはない。魚を捕る仕掛けもよく売れる。自分のも新調してカニを採りに行こう。大淀川の上流の葦の生い茂る、本庄川と合流している流れの速くなっているあの場所にしかけてみよう。大きなカニが取れるのではないだろうか。ハサミに毛が生えた大きな山太郎ガニが。たくさん捕れたら隣の人にあげよう。タケノコやら野菜やらよくくれるし、隣の三吉は女房も子供もいるからきっとカニを喜んでくれるだろう。
道具としての籠も編むが、青竹の表面で作った竹ひごで編むと青く光沢があってきれいに仕上がる。さらに竹ひごを細くすると時間と手間はかかるが道具ではなく飾りとして使ってくれるので時々食器や飾りになるものも作る。月明かりのない夜は囲炉裏のそばで、眩しいほどの月明かりの日は縁側で籠を編んだり、縄をなったり、草履を編んだりする。月に蛙が鳴き、月は蛙を照らす夜はそのまま縁側で眠ってしまった。
連載始めます。時は南北朝時代。自然と共にささやかな暮らしを営む農夫である主人公が戦に巻き込まれていく物語です。まずは、主人公心平の大切にしているささやかな暮らしをご覧ください。
星原 理沙
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