見出し画像

noteで傷ついた心を癒していく

noteで私がフォローさせていただいている皆さんの作品を拝見していて、いつも感じることがあります。

ああ私はもうこんな人と人のコミュニケーションには戻れないかもしれないと。

noteの世界で出会えた人と親しくなって交流したり、お互いの作品を紹介し合ったり、リアルに会ったり、そんなお付き合いの仕方は、私には無理があると切実に感じるのです。

私は人に対して、異様に気を使い、その人に嫌われないように美辞麗句を駆使して、その人を褒め称え、どうか私を見捨てないで下さい!と頑張ってしまうところがあります。

本当は人と人のお付き合いは、対等でなければ心地よくは無いのだと思います。

でも私は、どうしても気を使い過ぎて、自分を無視して後回しにしてしまうのです。

自分の娘に対してでさえも、私の本音を言えず、特に助けて欲しい!と頼めず、ついつい自分が我慢すればいいと、しんどい方を引き受けてしまいがちになります。

昨日も娘と買い物に行き、重い荷物を無理して両肩に担いで歩き、家に帰ってしばらくすると、右足の腿あたりの筋肉が、ひきつったような痛みがあり、少しずつその痛みが増していきました。

その痛みを感じながら、私はこれまで辿って来た人生を振り返っていました。

私は両親の期待を裏切り、反対を押し切って22歳も歳上の元夫と結婚しました。

その日以来、私は両親特に母に対して、異様に気を使い過ぎてきた気がします。

だから母の為に、一生懸命良い娘になろうと頑張りました。

母にだけは、特殊な結婚をした私を認めて欲しかったのです。

歳が親子ほども離れているけれど、その人と結婚した娘は素晴らしい成長を遂げた!だから誇らしい!って母に思ってもらいたかった。

その為なら何だってやろう!とする私でした。

家業の農作業(主に苺の出荷)を手伝う為に、奈良の実家と大阪のマンションを往復する生活をしていた期間、私はとんでもない大荷物をバッグに詰めて、通い続けました。

あれはかなり身体に負担がかかっていたはずです。

ただ母に私を認めてもらう為だけに、無理して母の喜ぶ顔見たさに、大阪のデパ地下で色んなお土産を買い、苺の出荷を一生懸命手伝い、実家で寝泊まりしていた間は、家事を率先して引き受け、大阪のマンションに戻る時は、母が用意してくれた食べ物をバッグいっぱいに詰め込み、母に感謝してその荷物を担ぎ、バスと電車を乗り継ぎ帰っていました。

今 あの頃を思うと、私はなんて健気で愛を求めて頑張っていたことだろう!と当時の私を労い愛を込めてハグをしてあげたくなります。

娘にも昨夜、頑張っていたあの頃の私のエピソードを語り 聞いてもらいました。

すると不思議なことに、キリキリとした腿の痛みが、見事に消えてしまったのです!

きっとこの腿の痛みは、あの頃の傷ついた私を思い出して!と訴えてくれていたのかもしれません。

あんなに親孝行して頑張っていたのに、結局は約25年後に、両親から認められるどころか散々嘆かれ罵声を浴びせられ、絶縁状態になる運命だったのですから、私の傷ついた心は癒えることが無かったのでしょう。

自分を癒すのは自分しかない。

この世界は自作自演の一人芝居なのですから。

私は沢山の心温かな素晴らしい人に出会えました。

決してひとりぼっちの寂しい人生ではなかったと今は思っています。

noteでも私に沢山の愛を注いでくださる方々に出会えました。

私はその方々にどう恩返ししていけばいいだろうと悩みました。

答えが出ぬまま、気がつけばその方々との交流は幻だったかのように、消滅していました。

私は戸惑いました。

私の何がいけなかったのか?私はその方々に失礼なことをしてしまったのか?と。

今は、なんとなく分かります。

一人芝居の舞台である以上、私の気づきに合わせた環境が与えられ、必要な学びを修了すれば、又違うステージにパラレル移動する、だから同じように見えるこの世界は、どんどんと私の出す周波数に合わせた世界へと移り変わっているのです。

その視点で捉えれば、過去にこだわり執着しても、何も得るものはありません。

過去は自分を癒す為に活用するものなのかな?と私は捉えています。

noteに思いついたことを書いていくと、私のごちゃごちゃした頭の中が、スッキリと整理整頓されていく感覚があります。

そして投稿した時点で、私は達成感を味わい、満足感に包まれるのです。

今の私は、noteが一番の親友でセラピストだと思っています。

色んな私の感情を受け止め、ただ聞き役に徹してくれて、自分で答えに辿り着くように、さりげなくサポートしてくれる、本当に本当に有り難いことです。

私はまだ心の傷が癒えて無い部分があるのかもしれません。

だから時々何とも言えない孤独感や虚しさを感じるのでしょう。

その度にnoteにありのままの自分を記し、表現することで、深い部分の傷を見つけて癒していこうと思います。


またまた外出先で、我が家の愛犬のこゆきが姿を変えて現れました。
今回はスマホを向けても逃げずにいてくれました。
白い鳥に変身するところが、いかにもこゆきらしさを感じます。

ここまで読んでくださって感謝します。

幸せをありがとうございます✴️













いいなと思ったら応援しよう!