とおくのまち19

    市役所に行ったついでに、そのまま大阪へ向かいました。洋服や靴の補充が必要だったのです。
 なつかしいようなセンチメンタルと、考えたくない現実世界へとひきもどされてしまうジレンマを感じつつ駅へと向かいます。

 その日は、朝から小雨が降っていました。ママに傘をお借りしました。
とても、きれいで上品な雨傘でした。たぶん高級品です。私もいつか、こんなきれいな傘を買いに行こうと思いました。

 衣装の補給をするため、大阪にあった女装会館へ寄ります。
ついでにここで化粧していこう。この時、ここでポラロイド写真を撮ったので、唯一、写真に残っているこの時期のわたしの写真なのかも。出勤前の記念写真みたいな一枚です。
 
 雨だったから駅までタクシーで行き、特急電車に乗りました。
スケスケのニット、キャミソール、ジップアップの服、アニマル柄、アンティークアクセサリー、ストレッチブーツ……街には、そういったものが流行っていました。
 わたしも、こんな格好してみたいなぁと、街を行く女の子のファッションを見てうらやましがる。でも、自分ももうすぐ女の子。もうすぐ彼女たちと同じになれるのだ。そう思うとうれしくたまらなかった。
 
 雨がけっこう降っていたので、ひとつ向こうの駅で電車を降りたと思います。そこからタクシーを拾って店へ向かいました。化粧が崩れるのが嫌だったのと大切なフェラガモの靴を濡らしたくなかったから。タクシーを降りて、ママに貸してもらった傘をさして、石畳の上を小走りで出勤する。
 セミロングの黒いウィッグ、黒っぽいワンピースに、ボルドー色をしたレースのボレロを着ていました。それは、その日の出勤の衣装で、わたしのニューハーフ人生?の最後の衣装になってしまうのですが。そんなことが察知できるのなら、一番だいすきな綺麗な色の服を着て、いちばん似合うロングヘアのウィッグにすればよかったのになぁ……。

 少しずつ、仕事にも慣れ始めた矢先のことであった。
奥のソファにすわり、先輩たちと、化粧品かなにかのお話しをしていたのです。
今日も、嫌なお客や恐そうなお客が来なければいいなぁと考えていた矢先……。
まさかの来客……。そんなはずは……。
わたしは、ただ、呆然と立ち尽くしました。

 こういう店にしては、まだ早い時間の来客だった。
「さあ、今日も頑張ろう。」と、接客に出ようとしたとき、訪れたふたりの客が、遠目にもよく知った人物であると気づく。

 現れたのは父とその友人のクマみたいな大柄な男。おそらく、力づくでも連れて帰るつもりに違いない。

 わたしは微動だにできず、ただ止まったような時間の中に居ました。
 

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