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恋愛小説『先輩、僕はまだ恋を知らない』第1話

第1話: はじめてのバイト、はじめての憧れ

大学2年の春、悠人は初めてのアルバイトに挑戦することにした。

これまで親の仕送りだけでなんとかやりくりしてきたが、大学生活にも少し慣れ、お金の自由を持ちたいと思ったのがきっかけだった。それに、社会経験がほとんどない自分にとって、アルバイトを通じて成長したいという思いもあった。

スマホでアルバイトを探していると、最寄り駅から徒歩10分の場所にあるカフェの求人を見つけた。勤務時間が学校の授業と無理なく調整できそうだったのと、落ち着いた雰囲気の店内が写真から伝わってきたのが決め手だった。

面接の日。

駅を出て少し歩くと、目指すカフェが見えてきた。外観は白を基調としたシンプルなデザインで、大きなガラス窓から中の様子が見える。中では制服を着たスタッフたちが忙しそうに動き回っていた。緊張で手汗が滲むのを感じながら、悠人は深呼吸を一つして扉を開けた。

「いらっしゃいませ!」

軽やかで明るい声が店内に響いた。中に入ると、レジカウンターの向こう側に長い髪をポニーテールにまとめた女性が立っていた。黒のエプロンを身に着けたその姿は、悠人が思い描いていた「カフェの店員」のイメージそのものだった。

「あ、面接の方ですね。どうぞ、奥の席へお掛けください。」

彼女は慣れた手つきで仕事をこなしながら、悠人に目配せして案内した。その自然な対応に少し緊張がほぐれた気がした。

面接はカフェの店長である男性と1対1で行われた。店長は40代くらいの柔和な雰囲気の人で、アルバイト初心者の悠人にも優しく話しかけてくれた。志望動機やこれまでの経験を聞かれたが、悠人は正直に「初めてなので何もわかりません」と答えた。それでも店長は笑顔を崩さず、「その意欲が大事だから大丈夫だよ」と励ましてくれた。

「では、来週から研修を始めましょう。最初は先輩スタッフが丁寧に教えてくれるから、安心してください。」

面接を終え、ほっと一息ついた悠人がカウンター近くを通りかかると、先ほどの女性スタッフが忙しそうに作業をしていた。彼女が目線を上げると、ふと笑顔を向けてくれた。

「お疲れ様です。頑張ってくださいね、これから。」

その一言に、悠人の胸が不思議な高鳴りを覚えた。誰かに応援されることがこんなに嬉しいものだとは思っていなかった。

研修初日。

悠人は指定された時間より10分早くカフェに到着した。制服に着替えたものの、慣れないエプロンのせいで少しぎこちない。スタッフルームで準備をしていると、カウンターの方から例の女性スタッフの声が聞こえた。

「おはようございます。今日から研修の悠人くんだよね?」

振り返ると、彼女が爽やかな笑顔で立っていた。前回の面接で見たときよりもさらに親しみやすい印象を受けた。

「私、ここで3年くらい働いてる紗季です。これから一緒に頑張りましょうね!」

「はい、よろしくお願いします!」

彼女の明るい声に少しだけ緊張がほぐれる。紗季はとても気さくで、慣れない悠人に丁寧に仕事を教えてくれた。レジの基本操作からドリンク作りのコツまで、一つひとつ手順を確認しながら進めていく。紗季が手際よく教える様子に、悠人は「自分も早くこうなりたい」と素直に思った。

昼過ぎ、カフェはランチタイムで混雑していた。悠人は注文を取る係として奮闘していたが、緊張で手元が少し震えていた。そんな中、ミスをしてしまい、オーダーを一つ忘れてしまう。

「ごめんなさい!」

慌てる悠人を見て、紗季がすぐにフォローに入った。

「大丈夫だよ、誰でも最初はそうだから。」

彼女の言葉に、涙が出そうになるのをこらえた。紗季の落ち着いた態度のおかげで、トラブルはすぐに収まり、悠人はどうにか仕事を続けることができた。

休憩中、紗季が悠人にコーヒーを差し出してくれた。

「これ、ミスして落ち込んだとき、私もよく飲んでたんだ。」

彼女の優しさに、悠人は自然と感謝の言葉が出た。

「ありがとうございます。僕も、早く慣れるように頑張ります。」

紗季は微笑みながら「うん、その調子!」と返してくれた。その笑顔は、どこまでも温かかった。

その日の帰り道、悠人はなぜか心が軽かった。仕事はまだまだ慣れないし、今日もミスだらけだったけれど、紗季さんがそばにいてくれるなら頑張れる。そう思えたのだ。

そして、自分の中に芽生えた小さな憧れに気づいた。これまで、女性と深く関わる機会がほとんどなかった悠人にとって、紗季の存在はとても新鮮だった。ただ年上だからというだけではない。彼女の笑顔や言葉の一つひとつが、自分の心に直接触れるような気がしたのだ。

「こんな人がいるんだ。」

その日から、紗季は悠人の中で特別な存在になった

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