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ビジネスパーソンが知っておくべき『中高年男性社員のメンタル不調』の背景【産業医が解説】
こんにちは!
泌尿器科専門医・産業医のDr.koromoです。
中高年男性社員のメンタル不調——職場ではあまり語られないテーマかもしれません。
しかし、管理職や経営層の視点から見ると、働き盛りの世代が心身の不調を抱えてしまうことは、個人の問題にとどまらず企業全体の生産性や組織の活力にも大きく影響します。
私自身、臨床経験10年以上の泌尿器科専門医であり、さらに産業医として多くの企業のメンタルヘルス対策に携わる中で、「男性更年期障害」や生活習慣病、ストレス関連疾患を抱える中高年男性社員の増加を肌で感じてきました。
本記事では、中高年男性社員のメンタル不調を引き起こす背景と、管理職・経営層がぜひ押さえておきたいポイントを詳しく解説します。
1. 中高年男性社員に特有のメンタル不調とは
1-1. 「男性更年期障害」による影響
更年期障害というと女性特有のものというイメージが強いかもしれませんが、男性にも加齢とともにテストステロン(男性ホルモン)が低下し、身体的・精神的変化が生じる「男性更年期障害(LOH症候群)」があります。
症状としては疲労感、性欲低下、イライラ、不安感などが挙げられ、放置するとうつ状態につながることも少なくありません。
女性のように閉経という明確な区切りはないため、本人が気づかないままじわじわと症状が進行し、仕事に大きな支障をきたすケースがあります。
1-2. 生活習慣病との複合型も
働き盛りの40代・50代男性は、仕事や家庭の責任が増え、不規則な食事や運動不足、ストレス過多に陥りやすい時期でもあります。
その結果、高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病リスクが高まり、メンタル面にも悪影響を及ぼすことがあります。
身体的な不調が続けばモチベーションや集中力が下がり、抑うつ状態に発展するリスクが高まります。
1-3. 職場環境・キャリア上のプレッシャー
中高年になると役職に就く機会が増え、管理職として組織や若手社員を率いる立場になる方も多いでしょう。部署間の調整や部下の育成、予算管理など、責任が格段に大きくなることで精神的ストレスが増大します。
また、「キャリアの頭打ち」や「定年を見据えた将来不安」といった要因が加わり、過度のプレッシャーを抱えてしまう方も珍しくありません。
2. なぜ見逃されるのか――男性特有の要因
2-1. 「我慢する」文化
多くの男性は、弱音を吐いたり他者に相談することに抵抗を感じる傾向があります。
今でこそこのような考え方は少なくなりましたが、日本では「男は黙って働くもの」「体調不良くらいで休むのは甘え」という無意識のバイアスが残っている面があり、中高年男性ほどそういったメンタル不調を隠そうと思ってしまう傾向があります。
2-2. 症状が身体面だけでなく“やる気の低下”としてあらわれる
男性更年期障害やうつ状態は、倦怠感や疲労、性欲低下など、一見すると「加齢によるもの」と片付けられがちな症状が多いです。
職場でも「最近ちょっと元気がないね」「ミスが増えた」と感じても、周囲は加齢や体力の衰えと思い込み、適切な声かけやケアができないことがよくあります。その結果、症状が深刻化して初めて問題が表面化するのです。
2-3. 職場での相談体制・制度不足
企業によっては産業医や産業カウンセラーの設置、メンタルヘルス相談窓口などの体制が整いつつありますが、実際に利用するハードルは低くはありません。
特に中高年の管理職層ほど、「自分が弱みを見せたら部下に示しがつかない」という思いが強いことから、制度があっても活用しにくいのです。
3. 管理職・経営層が知っておくべき背景
3-1. 組織全体への影響
メンタル不調を抱えた中高年男性社員が増えると、業務効率の低下やチームワークの乱れ、さらに休職・離職といったリスクにつながります。
部下を指導すべき管理職自身がメンタル不調に陥れば、組織全体のパフォーマンスに大きな支障が出るでしょう。
こうした状況を放置すれば、企業の生産性や職場の雰囲気が大幅に悪化する可能性があります。
3-2. 採用・育成コストの増大
中高年社員が休職や退職に至った場合、その穴を埋めるために新たな人材を採用し、育成しなければなりません。採用コストや研修コストは馬鹿にならないうえ、新しい人材が即戦力として活躍できるとは限りません。
熟練の中高年社員が元気に活躍し続けることは、企業にとっても大きな資産となります。
3-3. 法的リスクへの対応
厚生労働省の「ストレスチェック制度」や労働安全衛生法の改正など、企業に求められるメンタルヘルスケアの水準は年々高まっています。
適切なケアを行わずに社員がうつ病や過労により重大な結果を招いた場合、企業側の安全配慮義務違反が問われる可能性があります。
中高年男性社員に特化した予防策を取ることも、リスクマネジメントの一環です。
4. 具体的な不調の背景:ホルモン低下とストレスの相互作用
4-1. テストステロン低下のメカニズム
男性ホルモンであるテストステロンは、筋肉量や骨密度、性欲、意欲、気力など多岐にわたる身体機能を支えています。
40代頃を境にテストステロンは徐々に減少するため、筋力低下や内臓脂肪の増加、意欲の低下、メンタルの不安定化が同時進行で進みやすくなります。
4-2. ストレスホルモンとの関連
仕事のプレッシャーが高まると、コルチゾールなどのストレスホルモンが増えます。そして、ホルモンバランスが崩れてさらにテストステロンが低下しやすくなります。
つまり、ストレスが高い職場環境にいる中高年男性は、生活習慣病や男性更年期障害が進行しやすい「負のサイクル」に陥る危険が高まるのです。
4-3. 症状の多様性と「気づき」の難しさ
こうしたホルモンバランスの乱れが原因のメンタル不調は、うつ病や適応障害と診断されるケースもあれば、男性更年期障害として診断に至るケースもあります。
いずれにしても、単一の検査や問診だけで完璧に診断できるわけではなく、本人や周囲が「異変」にいち早く気づいて専門医(精神科・心療内科もしくは泌尿器科)や産業医に相談することが重要です。
5. 管理職・経営層が取るべきアクション
5-1. 早期発見の仕組みづくり
ストレスチェックの活用
法定のストレスチェック制度を形だけで終わらせず、結果のフィードバックとフォローアップを丁寧に行う。高ストレス者への産業医面談やカウンセリングを適切に実施する。管理職同士での情報共有
部下だけでなく、管理職自身もメンタル不調を起こしやすいことを認識し、相互チェックの仕組みやチームでの声かけを大切にする。
5-2. 働き方改革とワークライフバランス
残業の削減・休日取得の推進
中高年男性ほど「自分が長時間働いて当たり前」と思いがち。会社全体で残業削減に取り組み、休みを取りやすい環境を整える。柔軟な勤務形態の導入
フレックスタイム制やリモートワークを導入し、長時間通勤や過度なストレスを回避できる仕組みを検討する。
5-3. 専門医・産業医との連携強化
男性更年期外来や心療内科・精神科への受診勧奨
疲労感や性欲低下など、いわゆるメンタル不調に見えない症状でも男性更年期障害が疑われる場合は、専門の医療機関を紹介できる環境を整える。メンタル不調により生活に支障をきたす場合は、心療内科や精神科などのメンタルクリニックの受診も検討する。産業医面談の活用
産業医が定期的に管理職や社員と面談できる機会を設け、短い時間でも状況をヒアリングする。早期に異変をキャッチしやすくなる。
これらの取り組みを地道におこなっていくことが、中高年男性のメンタル不調を早期発見できる近道です。
特に中高年男性社員への業務負担が大きい企業では、積極的に上記の取り組みをご検討いただければと思います。
6. 取り入れてほしい健康習慣
6-1. 運動習慣の推奨
テストステロン値を維持・向上させるうえで、適度な筋力トレーニングや有酸素運動が効果的です。会社として社内フィットネス設備やウォーキングイベントなどを行うのも一つの手です。
6-2. 食生活・睡眠の見直し
忙しい管理職ほど外食や宴席が多く、アルコール依存や高カロリー摂取のリスクが高まります。産業医や栄養士によるセミナーを定期開催するなど、生活習慣改善のきっかけを会社側が提供すると効果的です。
6-3. メンタルトレーニングの導入
マインドフルネスやストレスコントロールの研修、EAP(従業員支援プログラム)の活用など、心の健康を保つための具体的手法を案内することで、管理職自身のセルフケアも促進できます。
7. まとめ:中高年男性社員のメンタルケアは組織の未来を守る
中高年男性社員のメンタル不調は、個人の問題であると同時に、組織全体のパフォーマンスや雰囲気、そして企業経営そのものに大きな影響を及ぼします。
働き盛りの年代が心身ともに健康を維持するためには、男性更年期障害をはじめとするホルモンバランスの変化や生活習慣病、ストレスが絡み合っている ことを理解し、早期に対策を講じる必要があります。
特に管理職・経営層には、「加齢による疲れ」と単純に結論づけず、部下や同僚、そして自分自身にも目を向けていただければと思います。
対策としては、生活習慣の改善、ワークライフバランスの見直し、専門医との連携など、多角的で地道なアプローチが求められます。企業としては、ストレスチェックや産業医面談を形骸化させず、実効性あるフォローアップを実施していきましょう。
中高年男性こそ、長年の経験や専門性を活かして組織に貢献できる大切な人材です。その人材がメンタル不調で本来の力を発揮できないのは、個人にとっても企業にとっても大きな損失と言えます。管理職や経営層が彼らの抱える背景を正しく理解し、適切なサポート体制を整えることが、企業の将来や持続的な成長に直結します。
まずは、「メンタル不調」「男性更年期障害」という視点や、身体と心の変化に着目しながら、職場に潜むリスクにいち早く気づき、企業としての取り組みを起こしていただければと思います。