「ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?」を通してテクノロジーと社会の関係を考える
ジーンクエストを創業した若き企業家&研究者が書いた本なので,題目の通り,ゲノム解析について書かれているのだが,それが本書の主題というわけではない.ゲノム解析に嫌悪感を抱く人たちや反対する医師たちもいる.テクノロジーで社会に貢献するという強い意志を持って起業した人達の中には,著者のように,思いがけない反発に遭う人も少なくないだろう.変化に対して不安を抱くのは人の常とは言え,それで社会の進歩が滞ってしまうのは忍びない.では,新しいテクノロジーが社会に受け入れられるためにはどうすればいいのか.何が必要なのか.そのようなテクノロジーと社会の関係が本書の主題と言える.特に,本書が扱うような生命科学のテクノロジーについては,倫理の問題とも絡めて,強い嫌悪感や反感を抱く人達が多くいるのも仕方ない.それを認めた上で,社会を構成する一人一人の「私」はどのように考え,どのように行動すればいいのか.より良い未来を享受するためには,そのようなことを考えていく必要がある.
著者が指摘しているように,新しいテクノロジーは社会を変えていくのは確実であっても,それがどの程度の速さなのかを予測することは難しい.AIがいずれ人間の棋士を負かすことは予想できていたにしても,それが我々が目の当たりにしたほど早期に実現することを予測できた人は少なかった.その点,将棋AIに関しては,その時期を言い当てた羽生さんの慧眼には驚愕させられるが...
それでも,テクノロジーの進化は確実に社会を変えていく.途方もない年月と資金を費やしたヒトゲノム計画だったが,今や10万円程度で民間企業がゲノム解析をしてくれる.将来,誰もが自分のゲノムデータを手にできるようになるだろう.だとしたら,それを我々はどう活用したらいいのか.それを検討しておかなければならないだろう.感情的にテクノロジーの進歩を否定するのではなく,目や耳を塞いで知らないふりをするのでもなく,しっかりと考える必要がある.そして,社会的合意を得る努力をする必要がある.
そのようなテクノロジーと社会との関係について考えてみるきっかけとして,ゲノム解析が取り上げられているのが,本書「ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?」だと思う.
とても平易に書かれているので,事前知識がほとんどなくても読める.
なお,本書に登場する深層学習の説明はちょっと違うと思った.あと,バネには個性(個体差)がなく人にはあるという主張だが,バネにはばね定数という個性があるので,説明を変えた方がいいように思った.
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