「太平洋戦争の収支決算報告」で日本の愚かさと損害の大きさに驚く
最も危惧するのは,結局,日本は先の敗戦から何も学ぶことなく,同じ過ちを繰り返すのではないかということだ.本書を読むと,負けると判明している太平洋戦争に特攻する首脳部の愚かさはもちろん,原子爆弾を落とされるまでの無茶苦茶し放題,それによって,そして戦後に日本が被った損害の大きさに改めて衝撃を受ける.本当によく滅びずに,高度経済成長期を迎えられたものだ.
本書「太平洋戦争の収支決算報告」では,序章で「日本が戦争をした理由」を説明した後,以下の4項目にわけて,日本が敗戦で失ったものを示している.
戦争に費やされたお金について
戦争で失われた人命と財産
敗戦で失った植民地と占領地
終わらない償い
対米開戦に至った経緯は(ぶち切れそうになりながらも)脇に置いて,本書の論点である損害について整理しておく.
まず,「戦争に費やされたお金」について.日中戦争開戦(1937年)から太平洋戦争敗戦までの約8年間の軍事費は7559億円.これは当該期間のGDP,約3600億円の2倍を超える.国家財政に占める軍事費の割合は,太平洋戦争開戦の1941年で75.7%,1944年には85.3%だった.平時と同様の歳入で足りるはずはなく,戦時国債を発行しまくっての数字だ.臨時軍事費特別会計には,普通財源197億円に対して,公債と借入金が1498億円とある.まともに国家運営ができる状態ではないが,その激増する軍事費に異を唱えるものはなく,陸海軍大臣が「聖戦完遂のため」と言えば,議会は認め,大蔵省はお金を出した.
戦後,巨額の債務を返済できるはずもなく,いや元々返す気はなかったのだろうが,国は戦時公債を含む財産にバカ高い税金をかけ,預金封鎖をして,ハイパーインフレを起こして,借金を帳消しにした.
軍事費には人件費も含まれるが,徴兵制度で安く済ませることができた.「初年兵心得5ヵ条」には「軍馬は兵器,陛下からの賜り物.兵隊は一銭五厘の消耗品」と記載されていたそうだ.消耗品なので,兵站無視の馬鹿げた作戦で兵士を餓死させても,特攻させても,よかったのだろう.
ところで,ドイツが開発した機甲師団(兵士を装甲車や軍用トラックに載せて戦車部隊に随伴させる)が第二次世界大戦で瞬く間にフランスを占領するという戦果をあげたことで,英米なども機械化歩兵師団を編成した.ところが,日本はそれを編成しなかった.なぜか.自動車の生産能力が不足していたことと,それを運転できる人材がいなかったためとされる.
次に,「戦争で失われた人命と財産」について.太平洋戦争による戦没者は,軍人と軍属で約230万人,民間人も含めると約310万人とされる.戦争なのだから戦死者が出るのは仕方がないとはいっても,インパール作戦による戦死者16万人,東ニューギニアの戦死者13万人では,過半数が餓死者や病死者とされる.兵站を無視した軍の責任であり,日本軍の人命軽視は図抜けている.
民間人の犠牲も多いが,犠牲が発生したのは戦争中だけではない.植民地から引き揚げる最中に命を落とした者も多い.国策に踊らされて植民地に移住したがための災難と言える.
軍艦や戦闘機,兵器など,戦争中に失ったり,敗戦によって失ったものは多い.しかし,商船など民間船舶の被害も甚大だった.それらは,南方から日本へ石油や天然ゴムや鉄鉱石などを運ぶために用いられていたが,同じ島国であるイギリスとは異なり,日本軍にはシーレーン防衛の重要性を認識する頭脳がなかった.それが故に被害は拡大し,終戦時には8割の船舶を失っていた.
国内の生産設備も大きな被害を受けた.石油精製施設の58%,火力発電所の30%が破壊されたとされる.工場の建物被害額は93億円,工業用機械の被害額は47億円(国内全体の20%)とされる.
目を覆うばかりの被害だが,仕方がなかったではすまされない.その原因を究明し,それこそ「再発防止」を徹底しないといけない.ところが,日本人は失敗を認めるのが嫌いで仕方がなく,責任をとらないばかりか,原因を究明することなく,うやむやにしてしまう.戦時中だけではない.今もそうだ.
日本軍の組織的失敗の要因を分析して明らかにした書籍に「失敗の本質」がある.これは読んでおくのがいいと思う.読んでいると辛くなるけれども.同じ過ちを繰り返さないためにも,自分たちが生きている日本が持つ悪癖から目をそらしてはいけない.
本書「太平洋戦争の収支決算報告」では,さらに,「敗戦で失った植民地と占領地」および「終わらない償い」について解説されている.太平洋戦争以前に,日清戦争と日露戦争,第一次世界大戦などを通して,広大な植民地を手中にしていた日本は,敗戦によってそれらをすべて失うことになる.土地を失うだけでなく,それまでの投資を回収できなくなり,現地にあった官民の財産もすべて失った.占領地に残してきた日本の資産の合計は3800億円近くになるという.これは国内の被害額の約6倍に達する.
「もはや戦後ではない」と書いたのは1956年度の経済白書であるが,令和の現在でも,日本は戦後の賠償問題を引きずっている.まだ収支決算書の支出は増えていく.
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