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本の紹介・読書の記録

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#哲学

ケンブリッジでの変人対決:ウィトゲンシュタイン vs ポパー

「論理哲学論考」を読んでその難解さに衝撃を受けたくらいで,その人物像は何も知らなかったのだが,ウィトゲンシュタインはオーストリアハンガリー帝国の大富豪の血筋で,父親は鉄鋼王であり,ウィーンのハプスブルク家につぐほどの財産を相続したらしい.しかし,事業には興味がなく,それを全部捨てて,田舎で教師をしたりケンブリッジで教授になったりした. 実家が太いとはこういうのを指して言うのだろう. そんなウィトゲンシュタインに対して,ポパーが喧嘩を売りに行ったことが知られている.より正し

「史上最強の哲学入門」で哲学者たちの論点と足跡を学ぶ

西洋哲学の入門書.強い哲学者が「オレはこう考える!」と論じれば,「そうではない!正しいのはこちらだ!」と反論する強い哲学者が現れる.紀元前から人間の一部はそのようにして真理を追究してきた. 本書は,真理,国家,神様,存在の4つのテーマについて,真理を探究し,新しい考え方(世界の見方)を提示してきた哲学者32名を,哲学界でバトルを繰り広げる闘士になぞらえて得意技と共に紹介している.後世の哲学者が有利に決まっているだろと思うが,それはともかく,わかりやすく論点が整理されており,

「統計学を哲学する」ことでデータサイエンスの足下を見つめ直す

先日,本書「統計学を哲学する」を執筆された大塚先生の講演を聴く機会に恵まれた.京大のある集まりでのことだ.本書の内容をかいつまんで話されたが,理解するのは大変だった. 統計学を哲学する 大塚淳,名古屋大学出版会,2020 本書の目的は「データ解析に携わる人にちょっとだけ哲学者になり,また哲学的思索を行う人にちょっとだけデータサイエンティストになってもらう」ことだと書かれている. この目的を達するために,本書では,ベイズ統計,古典統計,モデル選択,機械学習,因果推論などの

「史上最強の哲学入門」で東洋思想を学ぶ

西洋哲学と比較して,東洋哲学の特徴は何か.それは理屈ではなく,自分自身の体験として知ること(悟りの境地に達すること) にある.このため,西洋哲学はその理屈を文字を使って説明すればよい.そうすることで他人に哲学を伝えることができる.一方,東洋哲学はいくら説明しても伝えられない.説明が理解できても,それと悟ることはまったく別物である. 史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 飲茶,河出書房新社,2016 脳の物理的化学的な仕組みを解明しても意識現象を説明できるようにはならない.こ

「100の思考実験」を試してみた

思考実験の目的は,本質的でないものを削ぎ落とすことで問題の本質に迫ることにある.日本語訳は「100の思考実験」という当たり障りないタイトルになっているが,原著のタイトルは「The Pig That Wants to Be Eaten: And 99 Other Thought Experiments」である. 何かしらの科学技術を駆使して,豚が人間にその意志を伝えられるようになったとしよう.そして,豚が「私を食べて欲しい」と人間に懇願するとしよう.そのとき,豚肉食を忌避して

チューリングと岡潔を心で繋ぐ「数学する身体」は独創的だった

前半を読んで大雑把に言えば数学史かなと思ったが,違った.まったく違う話だった.数学の話に松尾芭蕉や道元が登場するとは思わなかった. 数学する身体 森田真生,新潮社,2018 1,2,3,たくさん.人間の数を把握する能力はこの程度だ.しかし,手の指を使えば,10まで数えられる.トレス海峡諸島の原住民は全身を使って33まで数えられるらしい.記号を使えば,もっと大きな数も数えられる. Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ,Ⅵ,Ⅶ,Ⅷ,Ⅸ,Ⅹ,Ⅺ,… しかし,この記号を使って計算するのはとても

プラトンの「ゴルギアス」

人はどう生きるべきなのか,どのような人が幸せで,どのような人が不幸せなのか.これらの重要な問いに明確な回答を与えるのが,この対話編である. ゴルギアス プラトン (著),加来彰俊 (訳),岩波書店,1967 ソクラテスに対して,政治家であるカルリクレスは,優れた者の生き方を次のようなものであると述べる. つまり,正しく生きようとする者は,自分自身の欲望を抑えるようなことはしないで,欲望はできるだけ大きくなるままに放置しておくべきだ.そして,できるだけ大きくなっているそれ

ソクラテスの弁明・クリトン

あまりに有名な,プラントンによる「ソクラテスの弁明」.本書は,プラトン「ソクラテスの弁明」,プラトン「クリトン」,クセノポン「ソクラテスの弁明」の3作からなる. ソクラテスの弁明・クリトン プラトン (著),三嶋輝夫 (訳),田中享英 (訳),講談社,1998 プラトン「ソクラテスの弁明」国家の信じない神々を導入し,また青少年を堕落させたという罪で告発されたソクラテスが,その裁判で行った弁明を,プラトンがまとめたもの.この裁判において,投票が2度行われた.ソクラテスの最初

【読書】国家(下)(プラトン)

「国家」の後半では様々な国家制度と人間が吟味される.理想国家が堕落する過程で現れる民主制国家の欠点がズバリと指摘されており,興味深い.内容を見ていこう. 哲人統治(哲学者による統治)を実現するためには,何が必要であるか.まず,統治者に相応しい哲学者を育成しなければならない.そのために不可欠な教育とはどのようなものであるか.プラトンはソクラテスの口を借りて,次のように主張する. <善>の実相(イデア)こそは学ぶべき最大のものである あらゆるものに対して存在するイデアの中で

【読書】国家(上)(プラトン)

プラトンが著した数多くの対話編の中にあって,その最高峰とも評されるのが「国家」だ.本書では,人間の善し悪しのみならず,国家の在り方が論じられている.国家とはどのように在るべきかという問いに対して,プラトンはソクラテスの口を借りて「哲学者による統治が最善である」と答える.これが,哲人統治だ.しかし,この哲人統治思想は古代ギリシアにおける政治体制の現実とは大きく乖離しており,また現代に至るまでの世界史の中でもほとんど実現されたことはない.数少ない例の1つが,「自省録」で知られるマ

【読書】自省録(マルクス・アウレーリウス)

私の座右の書だ.第16代ローマ皇帝(161〜180年に在位)であるマルクス・アウレリウス・アントニヌス(Marcus Aurelius Antoninus)は,ローマ帝国の五賢帝の1人であり,ストア派哲学の徒としても知られる.その治世はプラトンが理想として掲げた「哲人君主」「哲人統治」の実例とされる.しかし,軍事よりも学問を好んだにもかかわらず,戦争からは逃れられず,結局は,遠征中に死亡した. マルクス・アウレーリウス,「自省録」,岩波書店,2007 2つの簡潔な言葉を引

【読書】思考の用語辞典

著者は本書を「哲学の歴史というゆたかなおもちゃ箱をまずは総ざらえして,ブリキの兵隊やくまのぬいぐるみを取りだすように,さまざまな概念を取り出してくる本」だと思って欲しいと書いている.「いろんな哲学者がああだこうだと考えぬいた概念をここでふたたび取りだして,あたらしい光をあててみよう」と. 中山元,「思考の用語辞典」,筑摩書房,2000 ここで「おもちゃ」とは哲学に登場する「概念」のことだ.カントは「哲学素」と呼んだらしい.哲学とは新しい概念を作る営みだと言ったのはドゥルー