見出し画像

神に選ばれし息子。

今日はちょっと不思議な話。

もうすぐ秋祭りだ。

そもそも四季の祭りというのは、
無事に生きられますように
無事を守ってくださり有り難うございます
の意を込めた、祈りと感謝をあらわす行事だ。
農耕の神、土神に大地の恵み(酒、農作物)と踊りや音楽をおかえしするのだが、さらに神は守護(ギブ)し、民は収穫(テイク)しそれを還元する無限のループである。

私の住まいの氏神の秋祭りは規模が大きく、地区ごとのだんじりを男たちで騒ぎながら駆って宮入りし、神の前でだんじりごと跪き、また大騒ぎしながら地区へ帰る。岸和田が有名だが全国に残る伝統である。

だんじりを押すのは男だけで(べらぼうに重いし危険)、なかに入って太鼓や鐘を叩くのはこどもたち。こちらも男児のみであったが最近、女児が乗り込み可になった。時代である。
担い手不足により制限が緩和され、小学校中学年からの参加であったのも低学年からになった。
息子はこの流れにピタっとハマって、長期間に渡り参加できるようになり、そしてほぼ最速で太鼓の序列において出世できることになった。
そこにはさまざまな幸運のピースが集合していたのである。

私はこの町の生まれではない。
20代の頃、恋人のいない誕生日があって(私にはめずらしい!)暇すぎて、たまたま知り合いだった現夫にこの町へ連れてきてもらったことがある。
夫に対しては露ほども個人的好意はなく、集団で遊んでいたうちのひとりであったので、まさか結婚してここ(夫の地元)に住むとは考えもしなかった。
その日がちょうど秋祭りの当日であった。
伝統的に私の誕生日の辺りに行われているのだ。

そのときに、神は私を見たのではないかと思っている。

私は神道や仏教にこだわりはない。
神や仏に強制力やひとを支配する力はないと思う。
しかしながら、ふわっとなんらかの手を加えることはあるんじゃないかと思うことがある。

息子はどう見ても、だんじりを担ぐ男として選ばれている。
本人の情熱が、異様に強く、体格も恵まれている。
それに、周囲の理解や協力、取り巻く環境がそのベクトルが息子を奉り上げるほうへ向かっているように感じられる。
親として仕向けたことはない。仕向けてもそうならないこどももいるのに。
極めつけが息子の誕生日で、私の誕生日の次の日に生まれた。
その日は暦上最も、秋祭りに近い日になる。
占いで言うと、誕生日は自分に太陽のパワーが降り注ぎ、年間のうち最も明るく輝くのだ。そういう意味で祭りを支える重要な人物に成り得る。
本人の満足もあるが、土地と神がその力を欲しているとも考えられる。

で、遡ってその人物を宿す母として私を発見した神が、夫と結びつけたのではないか、というのが私の仮説である。
私は夫とこの土地とはほど遠い生活をしていたのに、あるとき運命がぐりっと急展開して結婚したのだ。自分でも未だに不思議に思う。
この町をはじめて見た、12年後のことである。

こういうのは証明ができないのでただの与太話ではあるが、私のなかではけっこう真実味のある物語である。

だからなんだ、という訳ではないし、男尊女卑の思想でもないが、私は息子をより丁寧に育てている。
なんとなく借り物のように感じているからだ。
娘は明らかに、自分の血筋の流れにいることを感じるが、息子はこちらの地元のこどもという気がしてならない。私、代理母みたいな…?
万が一、私がこの町を出て行くことがあっても息子は絶対に連れ出せない。
もちろん、本人は行かないだろう。
生まれ変わってもこの町でだんじりを…」と常々言うのだ。特になにも諭していないのに。まだ小学生なのに。いつも、なんだろうと思う。

田舎は特に、地域住民の団結が強く、未だに男性中心だったりするし、そのことに異論はなく、自治会などの運営をやってくれるのは有り難いし、女たちは男が暴走することなく、無事にケガ無く祭りを済ませるのを後ろから見守るしかないのだ。
実際に、当日はだんじりの後を妻たちとまだ乗り込めない幼児がわらわらと付いて歩く。
特になにをするでもなく、調子に乗らないよう睨みを効かせる役割でもある。このご時世でも飲酒しながら巡行するからだ。
興奮すると加速しがちにもなるので。

私も毎年、推し活のごとく、カメラを向けながら息子を追っかけている。
序列が上がるごとにデビュー戦があるからだ。
なので、10月は夜の練習も含めて毎日気が抜けず、気づいたら終わっている、そんな月である。

中学卒業までは、神の子のために傍に仕える使命があると思っている。


覗いてくれたあなた、ありがとう。

不定期更新します。
質問にはお答えしかねます。

また、私の12ハウスに遊びにきてくださいね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?