憂鬱酒場放浪記②
17時というのは本当によくない。
身体にまとわりつく重たい鉛を、知ってるよ、いるのはわかってるよと思いつつも全力で知らないふりをして右足を前に、左足を前に、なんとか歩みを進める。
あとちょっとあとちょっと。ちょっとってどこに???わたしが歩く理由なんてどこにもないのに???家に帰るため、帰るだけのためにこんなにギリギリの状態で、そんなに頑張らないといけないことかしら。わたしを待っている人なんてどこにもいないのに。果たすべき役割なんて特にないのに?
街中で「これ」にこられると厄介だ。途端に全ての色が消え失せて、楽しみも、足を前に出すためのささやかな希望も、手から砂のように溢れていく。
ああ、そうだ。
あのお姉さんのところに行こう。今度のパーティーに参加しますと言いに行きたいし、一杯だけ。一杯だけ飲んですこし話して17時が過ぎ去るのを待ってから外に出よう。
そう思い立ち、身体の向きを変える。目的ができたことによって足は少しだけ軽くなる。
最近気に入りのビアバーは、各地のクラフトビールが所狭しと並び、タップもいくつか。毎回違ったものが飲めるし、説明も丁寧でわかりやすく、ご夫婦で経営されている雰囲気も心地よい。何より、話はするけどもあまり突っ込んだところまで尋ねてこないところも好ましい。
今日は絶対に一杯で帰ってやるんだからなと意気込んで鼻息歩く歩いていたところでふと思い立った。
定休日っていつだったかしら?
いやな予感というものは大体当たる。いい予感はなかなかやってこないどころか、気がついたら通り過ぎていたりするのに。
スマホの検索画面には堂々と定休日の文字が光り、脱力も脱力。全身の毛穴からゆっくりと空気が抜け出していくような感覚に覆われる。
でももう、ここまできたらもうなんとしてでも飲みたい。
酒にありつきたいという意思はさながら先祖の子孫を残すために奔走する姿のよう。
歩いて行ける距離に一度だけ行った立ち飲み屋があるのを思い出し、抜けた空気分きちんと肺に取り込んでからまた歩く。
20分ほど歩いたところでお店は見えたけれど、途端に行きたくなくなってしまった。騒がしそうだったら寄ろう、と決めて店を横目で覗くもまだ早い時間だったからかお客は2名ほど。
それならば家の近くの行きつけで少ししゃべって帰ろうと地下鉄へ向かう。
もうこの時点で酒を飲みたいよりも薄い知り合いとちょっと喋りたいに変わっているが気がついていない。必死だからだ。お酒の先に会話があるのか、会話を求めてお酒を探しているのか、もうわからなくなっている。
電車を降りるともう大分暗くなっており冬の夜の長さを感じて少しだけ気持ちが浮く。夕方がすぐに去ってくれるのは助かることだ。
やはり店員と二人きりというのは緊張するので、たくさん人がいたら入ろう、常連の知り合いがいたらなおよし!という心持ちで、あくまで通りすがりを装って店をのぞく。
店内は知り合いどころか一人の客の姿もなく、店長が一人グラスを拭いているのが見え、方向転換。もう一軒知っている店はあるけれども今日わたしはビールが飲みたいんであって、薄い知り合いと薄い会話をしたいんであって、もう一つの店はふさわしくないため店の前を避けて家路を急ぐ。
家に帰るとおかえりの声を追い越してカレーの匂いが鼻に届いた。
店に誰もいなくってよかった。心底ほっとしてただいまと返す。
カレーは母とのおしゃべりと共にゆっくりと胃に落ちた。