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青春と闘争、あるいはredveil(redveil「learn 2 swim」全曲解説)

はじめに

今回redveilの新譜「learn 2 swim」について語る上で、まずは簡単にredveilの来歴と前作「Niagara」に触れながら、redveilの周辺を探っていこうと思う。

redveil(以下veil)は、アメリカ東海岸に位置し、ワシントンDCにほど近いメリーランド州プリンスジョージズ郡で生まれ育った。
プリンスジョージズ郡、いわゆるPG countyは、国内で最もアフリカ系アメリカ人が占める割合が高く(6割強)、かつ所得の平均値と中央値を見れば、黒人コミュニティにおいて最も裕福で大きな郡のひとつである。さらには人口の9割弱が高卒以上と、教育水準もある程度高く保たれている。
この一面だけを切り取れば、アメリカにおいてマルコムXがネーション・オブ・イスラム入信後に標榜した、ブラック・ナショナリズムの実現に最も接近した土地であるとさえいえるだろう。

しかし治安の面で、メリーランド州は、人口あたりの暴力事件の割合こそ州の平均より少し高い程度だが、アメリカにおいて殺人事件の割合は9番目、強盗事件の割合はアメリカにおいて最も高くなっている。(2020年)
また、以前警察内部における組織的な人種差別が指摘されており黒人男性が警察車両の中で拘束された状態で射殺された事件においては20億円越えの和解金が郡から支払われている。
これらから分かるように、急速にアフリカ系アメリカ人の割合を大きくしたメリーランド州、プリンスジョージズ郡の実際は、古くから続く白人社会に覆われている。
つまり、ここでも決してアフリカ系アメリカ人が安心して生活できている訳ではない。

その意味で、いわば「正当な手続き」を踏み、白人優位のシステムに組み込まれた黒人コミュニティの実際と、それに対する激しい反逆を惜しげも無くスピットしたのが前作「Niagara」を貫く大きなテーマのひとつである。この作品はveilがわずか16歳の時にリリースし、全ての楽曲をセルフプロデュースもしている。
ここで「正当な手続き」とは、黒人が白人社会に対する疑念と反抗心を持つことに尽きる。
Hiphopというカルチャー本来的なものには、その文脈がどうしても必要になってくる。
(文化は常に原理主義的なものを包含している。むしろそこにこそ文化は定義される。閉ざされたものだけが文化というわけではないが、大きく開かれた文化はありえない。)

そんなveil持つ白人社会への憎悪と反抗心、それによるカルチャー本来的な狭量さは、前作「Niagara」収録の楽曲「Fastlane」において特に色濃く現れている。
"俺は俺の思想に囲まれている。
俺はクソなものを手に入れようとしてるクソ野郎だ。
そんな悪い癖で幸運を使い切っちまった。
俺は法律から逃れようとしてる。でももし奴らが俺の肌を見たら、俺は動けなくなる。
俺の痛みは商品だ。白人がヒップホップをしたらもうおしまいだ。
俺は意志を持たない。ただ金のために意志を持つ。
システムに対して愛はない。だから俺たちは遮ろうとする。
俺は休める時を待っている。奴らは滑ってる、俺は駆け上がってる。
金を稼いでないなら俺の視界から消え失せろ。"

加えてこのアルバムは、幅広い影響力を持つ白人音楽批評家、YouTuberのAnthony Fantanoへディスを飛ばしたのちに発表された。そこにもveilの過激な反逆心が現れている。

アルバムの内容としては、イントロで
"憂鬱なことは全部終わった。俺たちは輝いてる。"とラップしたのち、
"重圧など感じていないと自分に言い聞かせろ。
泣ける涙は全部流した。
俺は教室の後ろの席に座って考え事をしていた。クソなことはまだ変わっちゃいない。それでも音楽は俺を見出してくれた。
俺は成長する、それは議論の余地がない。生まれてから今日までずっと空腹だった。"
と未だ闘争の中にあること、前向きに音楽への愛を持っていること、続けてフッドの現状と自身の拝金主義、暴力性を隠さずラップしつつ、
"この痛みを書き出すこと、それが最善の解決策だ。"
"窓の外の鳥、今日も君を想ってる。この薄霧から抜け出す方法を教えてくれ。"
などと明るく、そして暗く進行していく。

そしてアウトロ「Pigeonman」では、
"パラダイムシフトのために脳を回転させ続ける。
黒人たちは飢えている、そして俺たちもだ。
俺は本当の自由はないと知っている。"
と白人社会に立ち向かう決意を固めながら、システムに対する一定の諦観も持っている。

その上でveilは、
"この地獄をどう操るかを考える。好きでもあり本当に大嫌いでもある。でも俺は、それに打ち勝とうとしている。"ともラップする。

最後は
"俺の生き方を理解しろ。それが現実だ。
俺の魂を育むために必要なのはmy fixだ。それが現実だ。知っているつもりでいたが、知らなかったんだ。"とアルバムを締めくくる。

ここでいう「my fix」とは、苦境、麻薬の注射、八百長、賄賂を意味する単語である。
ここでは前後の文脈から俗語的に麻薬の注射を意味するのではなく、"(仲間は)愛はドラッグだと言った。でも俺は彼を信じられない。"というラインにかかって愛を信じてみようとする態度かもしれないし、口語的な意味でそのまま彼の苦境を意味するかもしれない。
もしくは"人生はギャンブルだ。"というリリックにかけて、賄賂、つまり拝金主義を表しているのかもしれない。

こういった含みを持たせた語りすぎないリリシズムは、veilが影響されたEarl Sweatshirtのようなリリシズムだ。
そして「Niagara」のリリックだけでなく、サウンドやフロウ、ラップスタイル、そして若くして黒人コミュニティの先頭に立ってラップするveil自身の経歴もかなりEarlに近い。

また、veilが影響されたラッパーはEarlだけではない。
DMV(ワシントンD.C.、メリーランド州、バージニア州を含むエリアの総称)出身のveilがそのサウンドにおいて影響されたのはGoldlink、Wale、Logicなどではなく、Tyler、Kendrick、J. Coleだった。

さらに彼らに加え、veilは$uicideboy$の名前もあげた
ギャングスタ・ラップが暴力の美化だとしたら、サウンドクラウドラップと同じような文脈にある彼らの音楽は、自殺や薬物中毒の美化だと捉えられるかもしれない。
しかし彼らは現実を美的に描写しているだけである。リアルなだけである。
同時にveilの過激さも、ただ真実を伝えているに過ぎない。

その上で近年$uicideboy$は、積極的に薬物のデトックスセラピーを受け、リハビリ施設に通うことでそこから脱しようと格闘もしている。
特に前作「Long Term Effects of Suffering」は、そういったポジティブさも垣間見えるアルバムだった。そこにもveilとの共通点を見いだせるだろう。
また無許可サンプリングが度々問題になる彼らだが、良くいえばサウンドに対する貪欲さともとれるかもしれない。
そしてそれは、Tylerの面白いことを史上とするような、クリエイティブなものに対する貪欲さにも近いものがある。またそこにもホモフォビックなリリックを初めとした危うさが存在する。
Kendrickの技巧的なリリシズム、J. Coleの直接的なリリシズム、Earlのフロウ、語りすぎないリリシズム、Tylerのクリエイティブ精神、$uicideboy$のリアリズム…
veilはサウンドだけでなく、そんな技術や態度を上手に汲み取っている。

また、veilは既に同業者からのプロップスも高い。veilの楽曲にTylerがTwitterで反応し、JIDも自身のインスタライブでveilを紹介した
さらにはFreddie GibbsDenzel Curryのツアーに同行することも決まっている。
今作は、そんなredveilの18歳の誕生日と同時にリリースされた。
それに先駆けてMAVI、Denzel Curry、Saba、Rich Brian、Femdot.ら先輩ラッパーから、もうすぐ18歳になるredveilへ送るメッセージビデオが公開されている。以下はその概要だ。

MAVI「18歳になった時、知っていれば良かったと思うことは、世界がいつやるべきだと自分に言っていても、いつやるべきだと自分が知っていても関係なしに、やらなければならない全てを今やらなければならないということだ。」

Denzel Curry「18歳になった時、知っていれば良かったと思うことは、学校なんてのはマジで簡単だったってことだ。なぜなら本当にハードなのは人生だからだ。
(学生は)住む場所も食べるものもやることなすこと親が気にかけてくれて、自分は宿題でもやっていれば良いだけだからな。」

Saba「18歳になった時、知っていれば良かったと思うことは、自分と社会の関係性について考えすぎていたということだ。
俺は18歳が完璧な大人ではないと理解していなかった。人に自分の存在を知られようとし過ぎていた。
18歳になったら、他人なんてクソ喰らえとも思うことだ。誰も自分を気にかけてくれてくれないことを悲しく思ったら悲しくなるかもしれない。
でもそれは、最も大きな解放になりうるんだ。」

Rich Brian「18歳になった時、知っていれば良かったと思うことは、できるだけ今を生きるべきだということだ。
なぜなら俺にとって18歳は、人生において沢山の重要な出来事を経験し、忘れられない夜を過ごした時代だ。
その時はこれからもっとそんな経験が出来るんだろうと考えていたことを覚えている。
こんなにも一瞬のうちに追いついてしまうつもりではなかった。時間は俺を縛り付ける。俺は22歳だ。
忘れられない経験にはいつだって敏感になっている。なぜならそれがどれほど珍しい出来事なのかを認識し、感謝しているからだ。」

Saba「俺は27歳だけど、自分が18歳のような気がしてるんだ。
止まらず学び続けることだ。18歳の人間になにか言わなければならないとしたら俺はそう言う。18歳の時は今が世界の終わりかのように思うべきだ。
だから俺は今自分が18歳だと感じている。」

Femdot.「人生にルールなんてない。お前は成長しているが、まだ必ずしも成長する必要なんてない。でも十分に成長したんだったら、物事を感じ、経験し、外に出て新たな人間と出会うことだ。」

そんな先輩ラッパーたちの助言を噛み締めながら、憧れから離れ、今作のveilは全編セルフプロデュースのサウンドとその広がり、リリック、フロウにおいても誰でもないredveilを打ち立てることに成功している。
そしてその危うさも、別のところにある。

redveilは泳ぎ方を学んだ。超越した。達観した。しかし、到達しない。泳ぎ続けるし、波に合わせた泳ぎ方を学び続ける。それが「learn 2 swim」だと語った
今作ではこの果てなき闘争に、つまり人生に、逃げずに立ち向かうことを明るく決心している。
しかしそれは可能なのだろうか?
ここには単なるポジティビティを離れた、ティーンの危うさも秘匿されている。
ティーンの実際は、決して青春映画では語られない。
ティーンは、青春は、血なまぐさい闘争の時代だ。
なぜ生きるのか?という青臭い問いを鼻先に押し付けられながら、苦しみと不条理に叫び続けなければならない時代だ。
気が狂うほど考え、絶望に打ちひしがれ、社会を嫌い、同調と強制を憎み、弱者を救おうとし、周りを白痴だと思い、不正を糾弾した時代だ。
死と不条理とセックスのみを考える時代だ。

veilは心身の成長と共にそんな時代が過ぎ去っていくのを予感しながら、自身が大人へと向かっているように感じている。
しかし本来的で健康的な大人とは、自らの半径とその外的要因以外に悩まされない時代のことだ。それこそが解放だ。

多くの人間にとって、青春は不意に終わる。
なぜそんなことに懊悩していたんだろうか?と、安らぎを時間が提供してくれる。
生涯もがき続けなければならないと思われた底の知れない沼に、ある時簡単に足が着いてしまう。
血の滲むような格闘などなく、時間だけが情熱と絶望を消費していく。ただ、脱する。
そうしていわゆる大人になっていく。なぜならそれは、いわゆる大人になるということは、人生において最も効率的で簡単な泳ぎ方だからだ。
人生は、クロールでは泳ぎ切れないからだ。

しかし一部の人間は、アーティストは、veilは、ティーンであり続ける。青春に囚われ続ける。クロールで人生を泳ぎ切ることを強制される。なぜなら、そうだからだ

そんなアーティスト、憧れのラッパーや先輩ラッパーたちのように、18歳になるveilは青春を、人生を、本当に泳ぎ切れるのだろうか?
今回はその意味でこのアルバムを鑑賞していこう。

1、together

今作は、
"私は神に同意する。全てが共にある。"
と信教的なコーラスが挿入された、鍵盤とサックスによるジャジーな楽曲から始まる。

バースでは、
"肺の中に空気があると言ったが、お前はその呼吸で何をするつもりなんだ?
舌の重みに気をつけて、俺の名前を胸に刻む。
俺は自分の姿(内省)を恥じることは決してない。"とメロディアスにラップする。
まずこのラインは、アルバムタイトル「learn 2 swim」、水中で息を潜めるカバーアートにかけて、過去の自分の過剰さを反省しつつ、私たちに語りかけるコンシャスなラインとなっている。
さらに、自分の姿(my reflection)とは、水面に写るveilの姿を想起させると共に、自身の内省によって得た思想に誇りを持つというダブルミーニングになっている。

続けて、
"着実に歩を進めようとする。俺はエキセドリンの名前は出さない。"とラップする。
エキセドリン(市販の解熱鎮痛剤)はラッパーのリリック中に度々登場する。しかしそんな薬物依存を想起させる単語を、舌の重みを知ったveilは口にしない。
その上でveilは、ドラッグなしで着実に人生を泳いでいくことを決心しているのだ。

また、
"賞賛にファックだ。
俺は仲間に二度と痛みを感じさせないようにしたいだけだ。万が一奴らが俺たちの脳みそを弄ろうとしてきたら―"と1stバースを終わらせる。
veilは評価も名声を嫌い、ただ仲間のために金を稼いでいる。まるでギャングスタ・ラップの文脈にいるアーティスト、例えばVince Staplesのように
そして白人社会に対する反逆心を強い言葉で含みを持たせながらラップしている。
またこの部分は、西洋の文化や価値観を過剰にありがたがる私たちにも通ずるものがあるだろう。
この時世において危険な言表ではあるが、私たちもなにか大きな存在に脳みそを弄られ、常識や価値観を植え付けられている部分もあるだろう。

続く2ndバースでは、
"俺は水の流れに衝突した。いま俺は底でずぶ濡れになっている。
瓶に詰めた怒りの全ては、未だ腐敗するはずの一番上にある。"とラップする。
ここではveilが闘争の最中、世の強い流れ、つまりシステムに押し潰されそうになる様を表現しつつ、なお闘志を燃やし続ける覚悟が美しいライミングと対比構造を伴って表現されている。

また、
"俺は決して滑らないし、岩にぶつかることもない。
現代に生きてなぜ変化を恐れるのか理解できない。
議論なしにお互いを探り合うことはできない今日この頃。
俺はそんな今を生きてるんだ。文句は言えない。"
と変化の目まぐるしい現代を果敢に生きることを、リアリズムを伴いつつラップする。

そしてこの楽曲は、
"俺は毎日走っている。もし俺が操り人形なら息が出来ない。
欲しいもの全ては俺の指先から。
俺が手を動かしてきたものは、俺が何者なのかを知っている。
振り子が動く限り前進し続ける。
屈することなく、こっちへ来るなら泳ぎ方を学べ。"と締めくくられる。
veilはそこに自分が定義されうるほどリリックを書き記した。それによって自らの望みも叶えた。
そして誰にも支配されることなく日々を生き抜いてきたのだ。
さらに振り子が動くこと、つまり時間が過ぎ去ること、世の中が変化することを当然に受け入れた上で、何にも屈せず変化に順応し続けるのだ。

togetherと題されたこの楽曲は、コーラス部分から神へ捧げられたように思われるが、veilのコンシャスなバースから、私たちに手を差し伸べ共に戦おうとすることをも表しているのである。

2、diving board

そんな「together」のピアノの旋律を引き継ぎつつ繋ぎ目なく始まる今作の先行シングルは、
"俺たちは栄光を抱きしめていた。いま俺たちはここにいる。
時間が無い。恐怖に慄いているわけにはいかない。鼻をつまむ必要がある。"というコーラスから幕を開ける。
このコーラスは、アルバムタイトル、そしてイントロの「together」のリリックにもかかって、抗えない世の流れ、火急な変革に身を置くことをveilはダイビングすることだと捉えつつ、その覚悟を鼻をつまむというメタファーを用いて表現している。

バースでは、先人、つまり黒人コミュニティのリーダーやOGに敬意を表しつつ、
"僕の言葉は永遠に生き続ける必要がある。ベストに安全性は無い。"とラップする。
ここでも世の流れや激しい闘争を水の流れに重ね、それに飲まれないよう着用する救命胴囲、つまりその場しのぎの言葉、気晴らしは少しの役にしか立たない。
だからveilはこの世に溺れる人々を救うため、自身の言葉を芸術に昇華し、それ自体を生き長らえさせる必要があるのだ。

続けて兄弟や仲間を気にかけながら、
"運命の支配者は消される。俺たちを閉じ込めようとするからだ。"
と白人社会に反抗を示し、黒人たちをエンパワメントする。

さらに、
"神の恩寵によって俺は生きている。もし俺が偉大じゃなかったら地獄に落ちるだろうな。"
と、veilは自身の罪悪を認識しつつ、ラッパーとしての強度も見せつける。

そして、
"時と場所をわきまえ、耐え抜くことが全てだ。Earlの言葉、俺は曲げられるが、決して壊れない。"とラップする。
veilはEarl Sweatshirtの楽曲「The Bends」の一節を引用しながら、脆い頑固さを捨て、柔軟性を持ちながら戦い続けることをスピットしている。
そしてこの楽曲のタイトル、diving board(飛び込み台)は、そんなEarlの言葉、veilの精神性、learn 2 swimをかけた言葉遊びであるとともに、先日公開されたMVのように、新たな湖、つまり変化に飛び込もうとすることを表しているのだろう。

バースの最後は、
"俺の輝きを感じてくれ。俺はごまかさないから。
この憎悪と失望の湖を踏みしめながら、歩調を合わせる。俺たちは今日この日は救えない。
でも救いの恩寵が俺のDNAにある。俺たちはブラックだ。
そして俺には選択肢が二つ残されている。取り残されるか、適応できるかだ。"と締めくくる。
ここでもlearn to swim、つまり変化に適応することを重要視しつつ、veilはある程度のリアリズム、諦観も持っている。
そしてこのリアリズムは、veilが真に世界のあり方、システムの大きさを正しく捉えた上で、理想を語るに留まらず、そんな果てしなく巨大なシステムをその実践において本当になんとかしようとする態度に他ならないだろう。
さらにはKendrickが黒人たちをエンパワメントしたのと同じような方法で黒人たちを勇気づけるのである。

そして、
"俺の仲間よ、俺はお前と共に登るつもりだ。
俺の仲間よ、俺はお前にもパイを分けるつもりだ。"
と、veilは最後まで黒人コミュニティの先頭に立ち続けようとする態度を力強く表明するのだ。


3、pg baby

"お前じゃ勝てそうにないってことは言えるな。"というコーラスから始まるこの楽曲は、ソウルをサンプリングした先ほどの二曲とは少々毛色の異なる楽曲だ。
そもそも昔のソウルミュージックをサンプリングするやり方がveilの本来的な作曲方法でもある。

"俺が考えたすべてのものと共に肌と肌を合わせる。
だから俺たちはそれにかけて不名誉なことはしない。金の上を駆け上がり、道を外れることは問題じゃない。"
と、ここではまず倫理や綺麗事を離れた拝金主義とそれを肯定的に捉えるバースを展開していく。

続いて、
"もう次の秋を迎えることはないと毎秒毎秒を過ごした。その話は毎日が厳粛だった頃に戻る。
いま奴らはみんな俺の下についた。俺は全ての隊列を率いてる。"とラップする。
veilは少しも気を許せない激動の過去を振り返りながら、築き上げたいまの地位、強さを見せつける。

そしてさらに「pg baby」に過ぎなかった自分の今の強さを誇示しつつ、
"俺は全弾ぶち当てる。それが基本中の基本だ。確信を持って引き金を引け、規則に則ってこの任務を遂行する。"
と、ここでもルールは法律に縛られず、比喩的な暴力性も隠さずスピットする。
ここでいう規則は、当然彼らのうちに共有されるやり方だろう。

最後は
"俺は一人で長旅に出る。その苦労は金で返してもらう。決して型には嵌らない。"
"俺が奴らの首筋にいるって証明する。俺は奴らの鎖骨の上にいるぞ。"
などと、最後まで拝金主義と己の強さを誇示しながらバースを終わらせる。

そしてアウトロにかけて、
"俺は堕ちたからトリップできない。
もしお前が使命感について考えているのなら、俺の親族でも養ったらどうだ。
お前じゃ勝てそうにないってことは言える。お前は失速してるから。"と激しくラップする。
veilは先述のように、自らを地獄に堕ちるはずの存在であると認識しながら、それすらも"トリップできない"、つまりドラッグをやらない、バカにはならないと肯定的に表現する。

こういった前向きな考え方がveilのフッド、PG countyの、そして彼の町Largoの「pg baby」に共有される考え方なのだ。

4、new info

「pg baby」に続き、ソウルをサンプリングしたこの楽曲で、veilはまず、
"この小さなサークルはふざけ合うためのものじゃない、防御のためだ。
俺のエネルギー、俺の最大の武器。
権威に囚われていたあの時なら理解出来た感情だ。"
と、「together」を引き継ぎつつ問題解決に真剣な様子を表現する。

また、
"以前の魂の怒りを解き放て。
成長は一方向に伸びるわけではない。ツアーなんだ。
愛情が必要だとわかるにはもう十分な歳だ。それは確かだ。"とラップする。
ここでは"心と体は一心同体だ。"というバースにかかって、怒りのまま、持てるエネルギーのまま行動することを呼びかけている。
さらに、多方面に才能を開花させ、黒人コミュニティを取り巻く多様な問題を取り扱う当時17歳のveilは、自分の年齢を言い訳にしないのだ。

そして"That's for sure"と愛を噛み締めるようにリフレインされながら続く2ndバースでは、
"親族に対するロイヤリティ。
ママは俺が新しいと思ったことを全部教えてくれた。
この肌の外套を着て生きていくことを余儀なくされた。
辺獄から追い出され、この国に生きていくことを余儀なくされた。
居心地のいい場所から追い出されたんだ。"
と、veilは先ほどのラインを受けて家族への愛を語りつつ、アメリカでブラックである宿命を、limbo、つまり地獄に近い状態や刑務所よりもさらに地獄的だと強く嘆くのである。

続けて、
"座席を固定しないと投げ出されそうだった。
忍耐と同情心が俺をリードし続けるだろう。
でも俺はスピリチュアルだ。
なぜなら資本は全部フェイクで、奴らは欲深さで俺たちの気をかき乱そうとしているからだ。
黒人の仲間たちはこの典型的なファシスト政権のせいで飢えている。"とラップする。
veilは金を稼ぐことを悪徳とはしないが、アメリカ的な物質主義、資本主義、国家構造には疑問を呈している。
しかしそんなveilも、この世界の全ての人類も資本主義のシステムに組み込まれなければならないという皮肉めいた現実もこのラインで見えてくる。

最後はそんな現実を
"もし夢を見ることがなくなれば、俺は残骸を追いかける。俺は金を使い果たしてる。
黒く輝いているからって俺を殺そうとしてくるクソな警察どもから俺は逃げ続けてる。
アクションを求め、光とチームを手にしたのは誰だ?"と表現しながら、それでも明るく、強い心でラップする。
仲間にパイを分け続けたveilの手元に金は残されていない。そして警察にも追われている。
それでもveilはチームで行動を起こし、黒人コミュニティの栄光を求め続けるのだ。

またこの楽曲では、2ndバースのpoliceという単語を受けつつ、背後でパトカーのサイレンが鳴り響く。
veilは単調になりがちな彼のサンプリングミュージックに、アウトロにかけて毎回楽器の音色などを挿入しつつ音の幅を広げていくのであるが、
今回はパトカーのサイレンの音がそのまま美しい笛の音色に変わるように楽曲を終わらせている。
それがこの楽曲を明るく希望的に締めくくるのに一役買っているのだ。

veilはサウンドをまるで言葉のように操る。
こういったところにも彼のクリエイティブな態度と才能が見え隠れしている。

5、shoulder

この楽曲はブーンバップのインストルメンタルに乗せ、veilと同じくメリーランド州出身の若きR&Bシンガー、Mekdelawitの詩的なコーラスから幕を開ける。
"青春が過ぎ去っていくのを座りながら眺めてる。
物事が良くなることは分かってる、って言えたらいいのにな。
今は不安を感じてる。君が居てくれたらと思う。
でも私が痛みをなんとかしなくちゃね。"

veilはそんなMekdelawitを真っ向から吹き飛ばすような強さで、
"俺は不安なんて感じてない。血を巡らせ続けるんだ。
でも気持ちはクールに保ち続ける。百発の弾丸なんて必要ないんだ。
権力の体系は俺の弟を撃ち殺そうとしてる。
泳ぎ続ける手段を学べば、俺たちが決して溺れることはない。
進歩は決して簡単ではない。空洞の先端が顔面を砕くようにはいかない。
俺の子供の頃の後悔に直面する。持っていた恩義は今でも心にある。俺の心は決して流させない。"と力強くスピットする。
veilは情熱的かつ攻撃的、それでいて理性的かつ冷静だ。泳ぎ方を知り、泳ぎ続けるが、その速度を知っている。無謀なことはしない。
そしてveilは、そうありながら進歩していくことを、空洞の先端が顔面を砕く、つまり暴力や殺すことや死ぬことよりもはるかに難しいことだと知っているのだ。

しかし続くバースでは、
"自分の意思で掴み取るやり方しか俺は知らない。
感じた痛みを分析しする。
でも無知は至福だ。そんな疑念が俺の心の中に残っていることを願う。"
と、veilはおそらくKendrick Lamarの楽曲「Ignorance Is Bliss」のタイトルを借用しながらラップする。
Kendrickは彼のフッドのような暗い現実を見て見ぬふりをする人間に対して、フッドを蝕む後先考えない暴力性に対して、自身を型にはめようとする世間に対して"無知は至福だな。"と皮肉を飛ばした。
veilはKendrickの言葉を受けて、自分もそういう態度でいなければならないと自身に言い聞かせているように聞こえる。

また反対に、至福である無知な状態に立ち返ろうとする弱さを吐露しているとも解釈できる。
「無知は至福である」これは事実であり、他所の暗い現実や差別なんて気にしないならそれが一番幸せだ。Kendrickの皮肉は、考え、知り、感じてしまう人間の、つまり負け犬の遠吠えにすぎない。
そういう受け入れ難い不都合な真実、システムをどう受け入れていくのかということにveilはいまだ懊悩しているようにも見える。

そんなネガティブな解釈を裏付けるように、
"もしそんなクソなことをなんとかする方法を見つけたら俺に教えてくれ。
もし俺がお前を支配してくれる人を見つけたら、俺を解放してくれ。"とveilは懇願する。

ここでまたコーラスを挟み、2ndバースは、
"俺の考えがどのくらい成長したのか見せたかった"
と、おそらく亡くなったであろう仲間の最後の電話に出なかった自分をクズだと強く罵りつつ後悔するラインから始まる。

"長い間逃げてきたけど、白状するのに一分もかからなかった。
名声に手が届きそうな時、肩が脱臼してしまった。
俺は今考えたことをこぼしながら、不安を感じてる。
黒人のみんなは俺にインスパイアされたと言う。彼らの方がずっと年上なのに。
全てが超現実的に感じる。俺は決して魅力的な人間じゃなかった。"
と、ここでは明らかに弱さを隠さずスピットする。若きveilの肩には、大きな名声や期待は背負いきれないのかもしれない。

しかし、
"そして突然に、俺は巨大な岩のギザギザに打ち勝ったんだ。
そして君は俺が見せた可能性の花の開花を見ることはないんだ。"と明るさも見せつつ、
"彼らの心の動きは冷たいが、俺は世界がもっと冷たいと知っている。"
と、今作において初めてビターに楽曲を締めくくる。

そしてアウトロでは、
"おかけになった電話番号は、現在使われておりません。"と水の中でこもったようにアナウンスされる。

この楽曲は、「shoulder」という語を多様に使用しつつ、やや陰鬱に進行する。
こういった楽曲がこのアルバムの中盤に挿入されることによって、veilのリアリティがグッと増す。
そしてそんな弱さは共感を誘いながら多くの人間に手を伸ばさせることになり、結果的に集団で現状を変えようとするveilの本懐を達成することに繋がるのだ。

6、better

この楽曲は「shoulder」の雰囲気を受けつつ、ノスタルジックなビートに載せながら、ロサンゼルス出身のインディーミュージシャンSam Truthによる、
"悩みがあるんだ。俺は恐れてる。
頭の中が他人みたいな気がする。
俺はただここにいたいだけなのに、どうして理由が必要なんだ?
俺も君がここに必要なんだ。君はどこにいようとしてるんだ?
ピースサインを掲げてサヨナラするのは嫌だ。
あなたの雲と太陽、あの頃が懐かしい。君はそう言うだろうね。"
というビターなコーラスからスムーズに始まる。

Sam Truthは続けて、
"我慢しろ。ちょっと待ってれば良くなるさ。
それに時間を費やせばもっと良くなるさ。"と、願うように歌う。

そんなコーラスを受けてveilは、
"俺が生きていることは寓話に似ていた。
でも俺はケーブルを切断して光無しで生きることが出来ていた。
俺の真実に残る痛みはもう無い。
無駄なことも退屈なこともなかった。
血管が伸びていく時、言葉にならない痛みも大きくなっていった。"とラップする。
veilは暗い現状を生きていく中で、明るさを必要としないほど強くなった。しかし、内側の痛みはいまだ癒えないのである。

またここまでのバースでは、favor、table、fable、cableと小気味よくライミングしつつ、最後のcableにかけて血管を持ち出してきている。言語的なライミングに加え、視覚的に言葉を連想させつつラップしている。
そしてこれは、まさに"言葉にならない"ライミングだろう。
その上、vain(無駄)、veins(血管)、painとさらなるライミングも提示している。
こういった技巧的なラインもveilのクリエイティブ精神の賜物だ。

続けて「血管」を受けて血の繋がりを持った親族への想いを語り、
"笑いあったりふざけあったりして、心が癒えるその瞬間を俺はただ待っていればいいのかもしれない。
脚光を浴び始めた時の祝福と呪い。
俺は完全な上り坂にいることを知りながらこの地球に立っている。
原点に返るという崇高な行為が、一瞬一瞬を価値のあるものにする。"とラップする。
veilはどれほどの闘争の中に身を置いていたとしても、どれだけ賞賛されても初心を決して忘れないのだ。

そして最後に、
"一日中闘っている状態から、笑顔で幸せなバースを蹴ることができるようになった。
だから俺を信じてくれ。お前がずっと傷つき続けている気持ちも分かる。
直接会ってくれなきゃ話はしたくないんだ。
そんな機会を待っていたら、カルマが舞い戻ってくる。
そんな痛みが酷くなっているように思える瞬間から俺は何マイルも離れている。
だから新たななにかを探しに行く時も、俺は水面に浮かび上がる準備が出来ている。"と明るく皆をエンパワメントする。

しかしアウトロでは、イントロのコーラスから、
"話したくない。頭の中は他人みたいな気がする。"という部分がリフレインされる。

veilは暗い考え方をする頭の中の自分を捨てきれていない。
しかし、それでも皆を勇気づける。我慢して、現状が少しでも良くなることを、「better」を待ち望んでいるのだ。

7、sky

この楽曲は、
"俺の髪を空まで伸ばすんだ。
彼女は俺をスターだと言った。彼女が嘘をついたことはない。"
という晴れやかなコーラスから始まる。
髪を空まで伸ばすとはどういうことだろうか?それは後に続くバースでぼんやりと提示される。

バースではveilの15歳の時、つまり彼の強烈な自我が芽生え始めた時を思い起こしながら、
"俺は軍隊同士の戦いを恥じることは無い。
それと引き換えに、俺を苦しめる炎は消えないだろうな。"とラップする。
軍隊同士の戦いとは、この世界を覆う白人社会とveilが手を取り合って作り出そうとしている大きく強固に結ばれた黒人コミュニティとの戦いに他ならないだろう。
そしてそんな戦いは、彼の精神を蝕んでいくことも間違いないだろう。

続けてveilは黒人たちの個性の無さを指摘しつつ、
"彼らは団結を求めて手を差し伸べてる。
俺はそのための計画を立てただけだ。
親族が耐え忍ばなければならなかったことが俺たちにその覚悟をさせたんだ。"とラップする。

最後は、
"従順な弱虫は戦いを少しも望んでない。
俺には関係の無いことだ。"と高らかに歌う。

つまり、"俺の髪を空まで伸ばすんだ。"という意味深なコーラスは、毛を空に向かって逆立てるほど怒り続け、それが天に届きうるほど長い間戦い続ける覚悟のことだろう。
そのためこの楽曲は晴れやかだが、穏やかではない。
むしろ、この世界の現状に対してなんら疑念を持たず、なんら行動を起こさない人間、戦いを望まない従順な弱虫へ、厳しくも優しい最後の勧告なのだ。

しかし、もう戦いの中にある人は、veilのこういった態度を憧れに留めておくべきだ。
後述するが、veilの強さは危険だ。時には世界から目を逸らすことも重要だ。
ここで提示されているveilが強いから、というの理由ももちろんだが、そもそも"私"と他人は徹底的に違う。
自分に合った泳ぎ方を見つけ、自分のペースで泳ぎ、戦う時には戦う。
ここではその程度に受け取っておくのが良いだろう。

8、morphine(da ways)

"エキセドリンの名前は出さない"と宣言したveilが、モルヒネを楽曲のタイトルに冠した
この楽曲では、veilがそれほど苦しんでいたことを隠さず表現している。

そんなバースではまず、
"俺の兄弟は、放り込まれたら泳ぎ方を学べると言った。ペンを持てばインクとフィンが調和する。"とラップする。
ここではveilが世界の流れに、ラップゲームに脇目も振らず飛び込んだ様子と、veilがリリックを書き留めることによって生きている様子が詩的に表現されている。

続いてveilは罪の意識とそんな自分との対話の中で、
"贖罪のために意識を突き出し続けた。空気が入らずに俺の肉体はついに裂けた。モルヒネが俺の血管を駆け巡る。俺はただ勝ちたかったんだ。"と過去の自分を振り返る。

しかし、
"内側のあるものを愛する鍵がもっと必要だ。
俺の古いやり方は燃やしてしまおう。"
"自分の背中は自分で守る。俺は決して失望に惑わされないことを学んだ。"
と前向きにラップする。
果たしてveilは過去の憂鬱を振り切ったのだろうか?

そんな疑問に答えるように、最後は、
"資本のために差し迫った必要性が、生きることを競争に変えてしまった。
俺は白昼夢の中でこれらの拘束を全て消し去り、脱出する。"とラップする。
veilの言うとおり、資本主義は競争を産んだ。
病気、寿命、労働、動物との争いを避けるために発達した文明が生んだものは、畢竟人間同士の競争だった。
そしてその競争は、生得的な要因が大いに関係する、とてつもなく不公平な、つまり人それぞれスタート位置が全く異なる反倫理的な競争だった。
そんな血が流れぬが故に醜く、都合良く誤魔化された争いは、平等だと、自己責任だと広く信じられてきた。
以前私が述べたように、特にギャングスタ・ラップは、ブラックミュージックは、そんな不平等を、不都合なシステムを私たちに訴えかけ続けているのだ。

そして人類はこれほどの発展を見せたのに、今日もやはり働く。
休暇を期待しながら労働し、労働の予感を感じながら休むのだ。この地獄のような繰り返し(正確には地獄の名前を繰り返しという)を、5、60年間。
ほとんど絶望的だ。しかし、これこそが競争に変わった現代を生きることに他ならない。

そんな資本の支配から、白人社会から、システムから脱出しようとするveilではあるが、それはほとんど空想に近い。
そんなリアリズムを持ったまま、veilはそれでも戦うのだ。

そしてアウトロでは、
"俺に重荷を負わせないでくれ。
もう片方の手でこの海を渡っていく
お前に俺を苦しめることは出来ない。
もしママが俺のことを分かってくれたら、俺はこの夢を叶えられる。"と歌う。
veilの片腕は黒人コミュニティの期待で塞がっている。それでもveilはもう一方の腕で白人社会を押しのけ、家族を抱き寄せ、力強く人生を泳ぎ続けるのだ。

9、automatic

この楽曲は、
"奴らがリードするかもしれない。
奴らが支配するかもしれない。
でも奴らは俺を壊せない。
奴らは魂を壊せない。"
というveilの力強いコーラスから幕を開ける。

続くオークランド出身の若きラッパー、Orvkast.のバースでは、
"俺は金持ちになりたいのか?俺は自由になりたいか?
言葉は接着剤のように俺の宝の底に張り付いている。
俺の夢の底にはいまだ小さな希望の光線が輝いている。"とラップする。
Orvkast.は自らに金と自由について問いかけながら、言語に、リリックに、ラップに対する愛を前向きに語る。
そんな彼があえてbottom(底)という言葉を出したのは、おそらくredveilの語彙に、「learn 2 swim」にかけてだろう。
また宝の底、夢の底にある言葉、希望の光線という表現は、ギリシャ神話のパンドラの匣を表しているのだろう。
太宰治による説明を借りれば、"あけてはならぬ匣をあけたばかりに、病苦、悲哀、嫉妬、貪欲、猜疑、陰険、飢餓、憎悪など、あらゆる不吉の虫が這い出し、空を覆ってぶんぶん飛び廻り、それ以来、人間は永遠に不幸に悶えなければならなくなったが、しかし、その匣の隅に、けし粒ほどの小さい光る石が残っていて、その石に幽かに「希望」という字が書かれていたという話。"である。

続いてOrvkast.は、
"ひとつの正しい行動で俺の名は広まる。
一歩間違えたら痛みを感じ続けることもある。"
と、ラップする重圧とキャンセルカルチャーに言及する。

さらに亡くなった仲間たちに思いを馳せながら、
"毎日が実践的で、ただ自分の知ることをまとめるだけだ。
未だに金を追い求めてる。それは生得的なものだし、無意識的なものだ。"とラップする。
まさにその通りだ。それがシステムだ。

またOrvkast.は、
"俺が持ってる抑圧された一面を捨て去ろうとする。教訓を得て、それを受け入れることが成長する唯一の方法だ。"ともラップする。
これも本当にその通りだ。
Orvkast.は無意識的に支配されている考え方を自らの内から吐き出し、学び続けることだけが成長であると主張する。
こういった黒人の自尊心の問題は、KendrickやJ. Coleを初めとした多くのラッパーがずっと伝えてきた内容でもある。

最後は暴力性に満ちた過去の自分を、つまり抑圧された一面から生まれた考え方を振り返りながら、
"同じ肌の色を持つもの同士は共にありたい。
なぜなら奴らは一日の終わりに俺たちを縄で縛ろうとするからだ。奴らは俺たちを未だ監視下に置いているからだ。
クソッタレ。俺たちが自由であることを願う。"
とveilの考えに共鳴する形で綺麗にバースを締めくくる。

続いて、先日素晴らしいデビューアルバムをリリースしたバージニア州出身のラッパーFly Anakinのバースに入る。(リンク先はおそらくFly Anakinについて最も詳細な日本語のテキストだ。)

Fly Anakinはまず、
"俺も同じ気持ちだ。でも奴らが俺をそのことで非難することも知っている。"
と、冷静に現状を批判する。

続けてそんな現状を、
"だから俺は別の森を伐採しながら金を作るんだ。"
と、金とマリファナを意味するスラング、potにかけて巧みに表現する。

そんなFly Anakinはある女性との関係性と絡めて自らをモーセだと宣言しつつ、
"俺は俺たちの人生を変える方法を見つけたんだ。自分本位を打破することだ。それが全てを楽にする。"とラップする。
私たちの多くは、他人や社会への貢献を全くなしに生きていけるほど図太くできていない。
またFly Anakinは自我に囚われることの不幸も知っている。だからある種自分の軸を他人に預けるような形で黒人コミュニティにこれから大きく貢献していくのだろう。

その後も抽象的な比喩を連発しながらフッドへの愛を語る彼の独特なバースを展開しながら、
"金を原因に、監禁されに行かないでくれ。警察に捕まるのは運が悪いからじゃない。"
と、黒人たちに警告もする。

最後は、
"日陰でも温度は260℃。俺の複雑に絡まった考えのような一日だ。
パレードもなく、給料がもらえるまでただストレスを貯めるだけだ。
でも、お前の人生ってなんなんだ?"
とやや啓発的にバースを締めくくる。
ここでは日常に気を揉みながらなんら行動をしない人間に対して、愛のあるディスを飛ばしているように思える。

またveilがこの楽曲でバースを蹴ることなくコーラスに徹したのも素晴らしいバランス感覚だ。
インタールードを挟まず駆け抜ける今作において、veilはこの楽曲で休養を取っている。
そしてそれは、コミュニティ全体で現状を変えようとするveilの現実的な泳ぎ方を示す上で、これ以上ない効果を発揮しているだろう。
veilは自分の力だけでなく、この楽曲の進行のように、コミュニティ全体がある程度「automatic」に進んでいくことを望んでいる。

10、home

この楽曲でveilは、過去を振り返りながら、自らの「home」を模索している。

まずveilは、
"俺は手の届かないところにいるんだ。
Dolphの言葉、ヒルに俺は捕まえられない。
俺は全ての悪魔をリードで引きずってる。"
と強さを誇示する。
このラインは去年の11月、銃撃によって亡くなったメンフィスを代表するラッパーYoung Dolphの楽曲「Preach」の言葉、"もし働かないならお前はヒルだ。"というリリックを引用し、veilの金をせびるような人間には自分を捕らえることは出来ないとラップしている。

続いてveilは、
"目には目をだ。そしてこの物語は不完全だ。
シーツの中で血まみれになったのを覚えている。
毎朝ドアの内側で喧嘩していた。覗き見はしない。
話しかけられても寝たフリ。刑期はフローリングで過ごした。
泣いて泣いて俺の心は土砂降りだった。
悲しみに溺れると、後悔のループが見えてきた。
「明日になれば変わる。」
そう自分に言い聞かせてたけど、期待はしてない。
ロープのネックレスは、宝石のよりも俺に合っている。"
と、おそらく虐待が横行する荒れた家庭環境を刑務所のように形容しながら過去の苦しみを絞り出す。
さらにはそれによる自殺願望があったことも婉曲に表現している。

そして、
"若い黒人はただ方向を定めようとする。
受け入れられるためなら100万人とでも戦う。
ひと時も安堵せず、ただ家のように感じている。"とラップする。
気の休まらない家庭環境で育ったveilにとって、家の中も外の世界もなんら変わらない。
そしてそんなveilが闘う理由は、単に世間に受け入れられるためでもあったのだ。

そんなバースを受けて、
"俺の窓には鉄格子だ。風が吹くのを感じてから、一分が経った。
俺はこの辺獄に囚われている。見せかけの終わりを探している。
俺の窓の鉄格子を外してくれ。"
と陰鬱に歌う。

ここで柔らかいビートにスイッチし、
"それにも関わらずここまで来たのが強さだ。
悪魔が追いかけてくるかもしれないが、俺は逃げたりしない。
泳ぎ続ける意志の強さを見ろ。"
と、現在の自分の誇りをスピットする。

続けて、
"一時間遅刻するたびに、顔面に一発食らうようなものだ。
だから俺は時計を置いて、俺の運命が展開するのを眺めている。そしてタイミングを計っているんだ。"ともラップする。
veilは焦らない。激情を内に秘め、来るべき時を冷静に待っているのだ。

そして1stバースを引き合いに、
"もうすっかり変わってしまった時間は巻き戻せない。
ドラムが泣くのを聴くまで叩き続ける。
あいつらが俺から受け継ぐのはゴミ屑なんかじゃない。俺が努力してるのを見てるからだ。
俺は兄弟に言ったんだ。真っすぐに立てって。
なぜなら寝転んでたら沈んじまうからな。"
と、兄弟に語りかけつつ私たちをエンパワメントする。

最後は
"俺は最近中立でいようとする奴らと関わるのをやめた。短気でもなくなった。
俺はずっと計画を練っている。
近頃祈りなんて考えなくなった。騙されることも多くなった。"とラップする。
veilは戦わない人間を掻き立てることをやめ、温厚になったことの功罪を歌う。

十分に間をとったアウトロでは、
"家に帰ったらすぐに―"
と、繰り返される女性ボーカルのサンプリングを響かせ、含みを持たせつつこの楽曲を終わらせる。

11、mars

ついに終わりが近づいて来たこのアルバムは、次第にveilのリアリズムが色濃くなってくる。この楽曲もある程度暗く進行していく。

"俺は疲れ果てちまった。
目覚めたら金のために注意深く行動する。
俺が歩き出したらクソッって言われるのは分かってる。
本当にそれが欲しいわけではないし、それは俺をイラつかせる。"
veilは馬の合わない人間に対しては中指を立てるが、当然それを望んでいるわけではない。

そんな金に執着し、黒人コミュニティの期待を背負い、創造し続けなければならないveilは、
"俺の存在は壊れた蛇口を想起させる。
ただ漏れているだけかもしれないが、流れ続けるしかない。"と自身を評する。
私たちは、ありのままでしかありえない。veilも壊れた蛇口のように、そうあり続けるしかない。先述のように、たとえ無知が至福だと分かっていてもだ。

続けて、
"疎外された最初の黒い火星人。脳をやられたまま、家と呼べる場所を求めて歩き出す。
俺はただ自分の居場所を探してたんだ。"とラップする。
先ほどの「home」にて示されたように、社会から疎外され、家庭からも疎外されていたveilは、常に本当の意味での「home」を探し求めてきたのだ。

さらに、
"太陽を見つけようとしてたら迷子になりそうだ。
俺の棺はどこにあるんだろう?"とveilの思考はエスカレートしていく。

そして、
"奴らは俺が咳をしているのを見て、クソなことをしてきた。なのに奴らは笑顔のままなのか?
奴らが来るたび俺は死んだフリをしてるんだ。"
と、veilは家庭環境などの要因から虐げられてきたのであろう暗い過去を振り返る。

コーラスでは、
"背中の羽をむしり取れ。俺は飛んで行かない。
この騒ぎはなんだ?今日は時間があるんだ。
1マイル先に光が見える。1マイルだ。"
と、絶望と希望を織り交ぜつつ歌い上げる。

続くバースでは、
"脳内で喧嘩が続いている。
俺は手を伸ばすが、ストレスを感じるだけだ。"
と、veilは未だ1マイル先の光を手にすることができないでいる。

しかし、
"俺は車線変更しない奴だった。
でも君や君の親族に怒るなんて俺は馬鹿みたいだ。
君が敵じゃないとわかった時から毎日が晴れやかなんだ。"
と、veilは虐げられてきた過去によって人を信じれなくなっていた状態からは脱したようである。

そんなラインに続き、
"俺が沈んだら掴んでくれ、奴らがより巧妙に動いたら俺の感覚を鋭くしてくれ。
泳ぎ方は知っているが、血の濃さを誓う。
学ぶべきは肌を見せることだ。
俺は檻の中でしか慰めを見出せない俺たちに誓う。"とラップする。
仲間を信じ、家族の絆を大切にするようになったveilは、黒人全体を啓蒙するのだ。

veilは"自由を感じたいだけなんだ。"と語ったのちに、
"俺が引き揚げるからお前も引き揚げる、そして二人でダメになる。現実はそうだ。
だから連結してより確かなものにするんだ。これは俺ひとりじゃ出来ないんだ。
でも俺はまだ―"
と、そのための信頼をリアリズムを持ってラップする。

その後に続くコーラスは、先ほど1stバースの終わりに感じたものとは見方が変わってくる。
翼をむしり取って飛んで行かないとは、veilが孤独に闘うことをやめる宣言ととれる。
veilは仲間と共に、海を泳いで進むのだ。
さらに、先ほどまではるか遠くに見えたわずか1マイル先の光を手にすることも、2ndバースの内容を受ければ容易であるように思えてくる。

あらゆる意味で社会から見放され、世界から隔絶され、死をも考えたveilであるが、今は仲間を信じ、泳ぎ続けるのだ。

12、working on it

そして今作を締めくくる最後の楽曲は、
"俺はもうこれ以上逃げたくない。"という晴れやかなコーラスをもってバラード調に展開する。
今までの流れを汲み、veilのこれまでの闘争を振り返れば、このコーラスはほとんど感涙するほどのものだ。

バースでは、
"俺は君の努力を見た。君を受け入れよう。
振り子と俺の活力はまだ揺れ動いてる。
ヘッドフォンを鳴らした。俺の穢れた頭の中をクリアにするにはこれしかない。"とラップする。
veilは闘う者全てを受け入れる。
時間の流れと双極的で曖昧な自分自身も受け入れる。
また前作「Niagara」のイントロでスピットした音楽への愛を、今作のアウトロで語っている点も素晴らしい。

続けて、
"俺の体の中を風が吹き抜けるまで、呼吸は毎回命を鼓舞してくれる。
賞を取るまで駆け上がって、俺はそんな勝利がどう感じるのか知りたい。"
と、「together」のバースを受けて呼吸することの役割に触れながら、今作を貫く勝利への渇望もラップする。

さらに、
"気管に錨が刺さっている、これでどうやって始めればいいんだ?
泳げるように錨を押しのけ、それを顎で受け止めるしかなかった。
でもこの瞬間まで、このクソみたいな偽りの感覚を振り払うことはできない。
俺はすべての動きをラップしてる。それが俺を最後まで連れてってくれるんだ。"とラップする。
veilはその全てを自らのリリックに託した。
そんなveilはもはや、暗い現実をラップすることからも、他人に弱さを見せることからも逃げない。

そしてveilは、果実の豊富なメリーランド州になぞらえつつフッドへの感謝を述べ、
"離路は見えないが、俺はペンを握りしめて叫んでいる。"と1stバースを締めくくる。
veilが航路を変更することはない。
生涯リリックを書き留めることでこのラップゲームに在り続け、人生をかけて黒人コミュニティをエンパワメントし続けるのである。

続く2ndバースでは、
"これらの990番台は奴らが見た事のない砂に触れてる。なぜなら誰もが常緑樹の中で意見を持っているからだ。奴らは決して理解しないが、介入したいんだ。
水面に俺の手がある限り、俺を修理することはできない。"とラップする。
このラインは、DMVから影響されたというveilのニューバランス愛に触れつつ、緑の無い砂地の水面にいる、つまり貧しく争いの渦中にある黒人の立場で意見を言うことと、豊かな大陸の安全圏から意見を言うことの違いを批判的に表現している。これは様々な問題に敷衍しうるだろう。

それと共に、常緑樹(evergreen)はいわゆるクラシック、芸術における不朽の名作を表す言葉でもある。
以前リリックとその解釈を掲載するアプリ、Geniusに対しても攻撃的なほど批評や評価、勝手な解釈、つまり作品に対する介入を嫌っていたveilの考えも現れているのかもしれない。(あるいはこのテキストもveilは良く思わないかもしれない…)

またveilは、水面に手がある、つまり闘う自分を白人社会や大きな権力を持ってしても変えることはできないとラップしているのだ。

さらに、
"フラミンゴに何が必要かを教えられたわけでもない。なぜなら俺はどんな夢にも飛び込んでいるからな。"
と、veilは身体が濡れないよう足を伸ばすフラミンゴを引き合いに、自身の覚悟をラップする。
その上でveilは、
"こういう詩の中に落とし込めなくなったら俺はもうおしまいだ。"と続ける。

またveilは、
"彼らが民族を取り戻そうとし始めた時。その時が俺を盲目にしようとした全ての魂の終わりだ。奴らが勧めるクソなことが終わるんだ。"
と、黒人コミュニティへのエンパワメントも欠かさず、
"恐怖と疑念を俺の横に、俺の涙を檻の中に置いてくれ。
俺が孵化して雌鶏から離れると、奴らは俺を見つけようとするはずだからだ。
間違いなく俺は奴らのケツを追いかける。仲間も全員連れていくんだ。"
と、さらに力強くスピットする。
veilは黒人コミュニティの恐怖や悲しみを全て引き受けつつも、自身の涙を封印しようとする。
そんな力強くハッキリと開かれた眼で、veilは仲間と共に戦うのだ。

そういったveilの態度は、続く
"光るものを見つけてはそれを全て分け合っていく。そうすることへの躊躇いは俺の後ろにある。
俺が途方に暮れるはずがない。"
というバースにも現れている。

そして最後に、
"俺を見つけようとしてるのは分かってる。
だから海岸にたどり着き、砂に足を踏み入れるまではまだ始めない。
そして俺は逃げたくないって叫ぶんだ。"
と、ここでついにveilはフッドに「home」を見出し、そこから世界に向かって叫ぶ。
今この瞬間、そんなveilの絶叫が、遠く海を隔てた私たちの耳にまで届いている。
世界は、変わるかもしれない。

おわりに

ゲオンからインスパイアされた小林秀雄がモーツァルトを評した、"モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。"という有名な言葉がある。
私はveilをほとんど同じように評する。
veilはそのサウンドにおいてもラップスタイルにおいても、情緒を提供しない。
青春それ自体に意味や感情を含ませてしまったら、ついに自殺しかありえないからだ。
そしてその婉曲さが、芸術性の根拠になりうる。

その上で、veilは適切な速度で泳ぎ続ける。
ただ早熟で天才的なveilにとっての適切な速度は、私たちを容易に置いていってしまう。
しかし、veilはそんな速度で泳ぎ続けながらも、孤独のうちに自らを匿わない。
闘う者の手を取り、黒人コミュニティと共に進もうとし続ける。そこがモーツァルトとの違いだ。
veilは自我と闘う芸術家であると共に、システムと闘う実際的なリーダーでもあるのだ。

そんなveilは壊れた蛇口のように、ただそうあり続けるしかない。
多くはそこから逃れるために創造する。解放のために創造する。
しかし、veilは青春に立ち向かう。ここに、危うさを感じざるをえない。年齢で押さえつけるような言表を繰り返すのははばかられるが、若さゆえの危うさを感じざるをえない。
自我と真正面から戦い、一応の勝利を収めたアーティストは数少ない。BeatlesもKanye Westも、ある種逃走したのだ
いや正確には、逃走を試みたのだ。先述のように、どちらの態度でいようとも、そういった人間は戦わざるをえない。
しかしだからといって、逃走から逃走すること、闘争を美徳とするのは危険だろう。

それら全てを顧慮した上でなお、veilは逃げずに立ち向かわざるをえない。
コンパクトかつ前向きで晴れやかな作品に、そういった暗く大きなシステムが潜んでいる。
血なまぐさい闘争の痕跡が、破滅の予感が漂っている。
しかし、veilならあるいはそれに勝利してしまうかもしれない。
まさに彼が敬愛するKendrickのように、love myselfと共にWe gon' be alrightと、またMekdelawitのコーラスの通り、things will be okayと力強く言えてしまうかもしれない。

しかし実際は、神が私たちに恩寵を与えているはずもなければ、We gon' be alrightであるはずも、things will be okayであるはずもない。それは現実がいついかなる時も憎らしく提示している。

それでもこの作品には、そうではないと思わせる凄みがある。
それは、ユートピアの現出は、芸術に求められる大きな役割のひとつだろう。
ここまで考えれば、この作品すらも美しき逃避行なのかもしれない。

veilが表明した勝利しえないものに挑み続けるような態度は、まるで人生を生きることそのもののようだ。
終わりの見えない闘争に、闘争の果てに待ついかなる形容も不要であろう完璧な終わりに対する希望も絶望も振り切って、ただ花を手向けよう。
それが私たちの人生を美しく照らしてくれるはずだ。
そしてそれは、闘争の終わりにも似ている。
美は苦々しいが、勝利に似ている。

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