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俳句物語0101~0110 寒戻る次々と逝く私小説
何から書こう。
娘が学校に復帰し、三時間目からとはいえ、一週間以上休まず登校出来ていることか。
家庭で見ることが出来る幼児は、出来るだけ園に預けず家で見てください、という市の要請に従い、日中長時間息子と過ごしていることか。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズが新曲を発表したことか。
西村賢太氏の死か。
「芥川賞作家の西村賢太氏が急死」という文字を見た瞬間、私は大きく口を開けた。アクションの後に驚きがやってきた。驚きの後に「どうしてこの死にこんなに驚いているのだろう」という疑問が浮かんだ。いくらか著作は読んではいるが、ファンだと言えるほどでもない。だが、悲しかった。理由を突き詰める前に、悲しみに襲われた。先程の疑問への答えも漠然と浮かんだ。
「西村賢太のような作家はもう許されない存在となったのか」
誤解である。追い詰められた自殺でもない。
先走った見解に勝手に私は落ち込んでいた。
車谷長吉氏が2015年に亡くなっていたのを最近知った。だから「立て続けに私小説作家が亡くなった」という錯覚を起こした。私小説風の話なら私もたくさん書いた。立て続けの列に自分まで並んでしまう気がした。誤解・錯覚・(自分への)誤読が重なり、消えてしまいそうだった。
二日ほどネットから離れた。西村氏の死に関する続報を見たくなかったのもあるが、中村文則「逃亡者」を読んで面白すぎたからだった。
娘が通い始めたデイサービスの職員のコロナ陽性者が出たとの連絡が来た。娘の通った日の担当者ではなかった。
毎日公園に二、三時間息子といる。公園の主みたいになってきている。筋肉もつき固太りとなってきた息子を持ち上げるのに限界を感じ始めている。日足が伸び、春が近付く。
0101
寒梅の下を掘るためだけの爪
厳冬の時期に咲く梅がある。花を見つめる視線は上に向く。誰も根元の土など見ない。そこを掘るためだけに伸ばされた爪があったことも誰も知らない。折れた爪が残っていたが靴底で踏まれて土に馴染んでいく。土の中では爪だけを愛した男が眠っている。
0102
冬深む怪獣どもの後始末
昨年暴れた怪獣どもに壊された、建物の撤去工事がようやく始まった。半壊した家屋に住み続けていた人達も、真冬に逃げ出した。破壊より恐ろしきもの寒さかな、と詠みつつ、町の半分が消えていくのを眺める。壊れてもいない郵便ポストまで運ばれていく。
0103
寒肥となりし言葉の積み重ね
秋に記した言葉が冬に動き出す。夏に溜め込んだ言葉は秋に溢れ出した。春に芽吹いた言葉は夏に。冬に凍らせた言葉は春に溶けるのだろう。全ての言葉が次に繋がる。積み重なった言葉が地層になりその上に自分が立っている。脆く隙間だらけの自分自身。
0104
千枚になる前は岩聖護院
千枚漬けの原料となる聖護院かぶらを、水を浸したタンクに漬ける。岩のようなそれらは子犬の頭ほどある。専用タワシで土を落とし、かぶの皮を剥く機械に刺していく。手剥きの名人達は皆定年退職した。剥き終えたかぶを半割にして下処理を終える。
0105
柊の挿さったままの鬼撫でる
片目に柊の枝が刺さり、血を流す鬼が橋の下で倒れていた。川には別の鬼の死骸が沈み、兄だと言った。「人を食うからだ」「食わねば腹が減ります」「私は食うなよ」「不味いと分かっている飯はいりませぬ」鬼の髪を撫でる。硬く針のようで掌に刺さる。
0106
立春に届きしレッチリ「黒い夏」
真冬でありながら暦の上では春が立つという矛盾した季節にさらに夏が乗っかってきた。レッド・ホット・チリ・ペッパーズの新曲「Black Summer」が配信され、熟成されたレッチリが朝から我が家で鳴り響く。息子に「Can't Stop」へと変えられた。
0107
寒戻る次々と逝く私小説
車谷長吉が2015年に亡くなっていたことをつい最近知った。西村賢太の訃報により、自分の中では立て続けに私小説作家が亡くなったような錯覚に陥った。彼らの作品の最後が、語り手の死に書き換えられた気がした。図書館に追悼コーナーはまだ出来ておらず。
0108
春の日の砂場の底に無数の根
砂場を掘ると根に出会う。砂場に沈んだ植物の種子の仕業だ。山を作るため、道を作るため、掘り進める。壊れた玩具の欠片、虫の幼虫、無数の根。砂が尽きても根と根の絡まりが際限なく続く。片や山脈、片や底なしの穴。穴から立ち昇るのは、春の気配。
0109
茎だけとなりし水菜を乗せるライン
水菜は傷みやすく、虫もつきやすい。入荷した原料が一箱丸々虫付きで、それ以外物がないという日もあった。葉の部分はほぼ全滅で、茎しか残らない。水菜をトッピングする製品を作るラインの人が「水茎」と言った。「菜無しさん」と私は思った。
0110
春雪を溶かした微熱疑似笑顔
微かに降った雪が人々の笑顔で溶ける。作られた笑顔にこめられた微熱にあてられ、降りながら雪は溶けた。マスクをしているから目だけで笑えばいいのだろう、という風に誰もが気軽に作り笑いをしている。この世界に楽しくないことなどないかのように。
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