「今日も筋トレしなかった」掌編小説
※月5回くらいのペースで有料記事を始めてみようシリーズ第二弾。今回は掌編小説。投げ銭設定で全文読めます。
第一弾はエッセイ↓
以下「今日も筋トレしなかった」本文。最後にAIによる感想も付記。本文ではAIの助けは受けていません。
今日は筋トレをしなかった。一日置きの方が効率がいいという話を聞いたような気がしたので、筋トレを始めるのを一日先伸ばしにしてみた。つまり始めなかった。今日筋トレして明日休むとして、順番を入れ替えて先に休んだというわけだ。効率的な筋トレを開始した、ともいえる。明日筋トレをすれば、今日の休息の効果と相まって、どんどんむきむきになっていくに違いない。
今日も筋トレをしなかった。昨日休憩したのだから本来ならば今日が筋トレ開始日であるはずなのだが、筋トレは朝一でやると決めていたのに寝坊してしまった。筋トレを挟めば朝の支度が間に合わなくなり、会社に遅刻してしまう。遅刻してしまえば朝から上司の小言を受けることになり、一日の始まりから気分が塞いでしまうこととなる。つまりミスを起こしやすい精神状態となってしまう。一つ些細なミスを起こしたことを気に病んで、次は中くらいのミスを犯してしまう。当然そのミスに落ち込む。そして次は取り返しのつかないとんでもないやらかしをしてしまう。その結果クビになってしまう。つまり仕事と筋トレどちらが大事か、という問題に対して、私は仕事を選んだというわけだ。これは仕方のないことだ。
今日も筋トレをしなかった。昨日のように寝坊したわけではない。むしろいつもより寝起きがよかった。勢いよく立ち上がった。さっさとトイレに行って顔を洗って筋トレをするのだ、と意気込んだ。その結果勢いよく壁に足の小指をぶつけた。とてつもなく痛かった。寝転がってぎゃあぎゃあと喚いた。誰も私の悲鳴を聞いてくれる人はいなかった。流れた涙は誰の心も動かさなかった。一人暮らしだから当たり前なのだ。私はこんな些細な悲劇を誰かに目撃してもらいたかったと気付いた。日常のちょっとした何かしらを分かち合える人と過ごしたいと思った。そのためには贅肉を落とさなければいけない。つまり筋トレを始めなければ、と誓った。誓ったところで時計を見ると、慌てて支度をしないと会社に遅刻する時間になっていたので、筋トレは明日から始めることにした。
今日は筋トレをするところだった。あと一歩だった。朝はどうしてもバタバタしがちなので、筋トレの時間を家に帰ってからに変更してみた。そうはいっても帰宅直後は仕事の疲れもあり、しばらく何もせずぼーっとして身心をリフレッシュするのが習慣となっていたから、それは崩さずにいた。空腹時の筋トレはよくないとどこかで見た気がするので、それもやめにした。食事直後も当然よくはなかったはずなのでそれもやめる。すると就寝前あたりかなと考えたが、私は今日からその時間は「いつか出会えるかもしれない、些細な出来事を私と分かち合える人に向けたラブレター」を書く時間にあてようと、昨日の朝の出来事直後から考えていたので、そちらの時間にあてることにした。つまり筋トレをする時間が全く取れなかった。
今日は筋トレしたかった。ずっとしたいと思っていた。何なら積極的に電車の中や仕事中や上司との面談中にもやりかけた。しかしそういう風に想いが先走っている時に起こした行動はろくな結果になったことがないのを思い出して、やめた。誰にも頼まれていないことを一生懸命やっていたら、もう必要のない仕事だった、といったことがこれまでもあった。お風呂に水を貯めてしまっていたこともある。卵焼きを作る際に割った卵をフライパンに落とし、ゴミ箱に卵の殻を捨てるつもりが、最初からゴミ箱に卵を割り落としてしまったこともあった。今でもあの時無駄にした卵に対する罪悪感が消えないでいる。これまで合計三個の卵を無駄死にさせた。つまりそのような精神状態で筋トレを始めたら、おそらく手足に大きな怪我を発生させるまでやりかねない。卵を無駄にしかねない。つまり筋トレしなかった。
今日は失恋したので筋トレしなかった。
今日は筋トレをいまだに始めていない理由がなぜなのかについて考察していたので筋トレしなかった。何より昨日の失恋の痛手から回復するために絶対に必要な考察でもあった。そもそも筋トレを始めていないから失恋したのだともいえた。私は小指をぶつけてもがいている様を誰かと共有したかった。その相手を具体的に想像した時に、一人の同期の顔が浮かんだ。一度浮かぶと頭から離れなくなった。彼女の笑顔とともに生きていきたいと願った。願うだけではどうにもならないことは分かっていたので、私はその日のうちに彼女に想いを告げた。
「足の小指をぶつけたところを見てくれ」と告白した。
彼女は始め何を言っているのかさっぱり分からない、という顔をして私を見た。私も言葉足らずだったことに気付き、実際に足の指を机にぶつけてみた。しかし裸足の時のようにピンポイントにぶつかったわけではないので、私は突然机を蹴った危ない人間のように見られてしまった。そうではないことを示すために、私は数日前の朝の詳細を語り聞かせた。つまりはそんな瞬間をあなたと共有したい、と伝えた。彼女は困った顔をして「足の小指をぶつける瞬間とかじゃなくて、同じ映画を観たりとか、素敵な景色を眺めたりとか、そういうことじゃいけないの?」と言った。私は、でも一緒に映画を観ながら筋トレはできないし、素敵な景色を眺めるために必要な筋肉はどこの部位かよく分からないし、ともごもごしていた。もごもごするくらいの筋肉ならあった。
「だからまずは映画でも一緒に観に行きましょう」と彼女は言ったのだ。だが私は誰かと映画を観に行くための筋肉を持っていなかったからうまく答えられずにその場から逃げ出してしまった。その際にまた足をぶつけた。
今日は休日なので筋トレも休んだ。
今日も休日なのでもちろん筋トレを休んだ。
今日も筋トレをしなかった。彼女と顔を合わせる時にどんな顔をすればいいのだろうと、表情筋について考えたりした。これまで表情を作る筋肉について思いを馳せたことなんてなかった。調べてみると、いくつかの表情筋の中で口輪筋(こうりんきん)という筋肉の説明に目がいった。
「キスをしたり、唇をすぼめたりする時に使います」
キスをする時に必要な筋肉があるということは、キスをするためにはその筋肉を鍛えなければいけないということだ。腕立てやスクワットや腹筋などよりも、ずっと私に必要な筋肉ではないか。口輪筋の鍛え方を調べてみると、発声練習みたいな感じのものが多かった。私の住むアパートは騒音について大家がうるさいので、大きな音を立てることはためらわれた。風船を用いたトレーニング方法も紹介されていたが、家に風船はなかった。いい歳した男が一人で風船を買ったりすれば「キスするために口輪筋を鍛えようとしているんだわ」と売り場の人に思われるに違いなかった。だから筋トレもできなかった。
今日は筋トレについて彼女と相談していた。彼女は「あなたの話を聞いていると本当は筋トレをするつもりがないみたい」と言った。彼女はどうして私の話を聞いてくれるのだろう。私たちはどうして会社から最寄り駅までの道のりを二人で歩いているのだろう。女の人と二人で歩くための足の筋肉を私はいつ鍛えたのだろう。そんなことを考え、そんなことを話した。彼女は映画に行くことは急がないから、風船を一緒に買いに行きましょうか、といった。しかし最寄り駅までの道のりの中で風船を売っている店は見当たらなかった。風船を売っている店を探すための筋肉も私にはついていなかった。私たちは口輪筋についての話もしたが、もちろんキスはしなかった。
今日は朝から彼女のことしか考えていなかったので仕事でミスをしてしまった。しかしそのミスがどんどん大きく転がって会社に致命的なダメージを与えて私がクビになる、といったことは起こらず、同僚がフォローしてくれて事なきを得た。ありがとう、と言う際に口輪筋を意識した。これはいつか行うキスのため、とその時は思わなかった。そうそう筋トレならしなかった。
今日は仕事帰りに彼女と映画を観た。映画を観るための筋肉を持っていなかったので映画館には行けないと思っていたがそんなことはなかった。彼女の好みだというヤクザ映画を客のまばらな映画館で観た。ヤクザたちは何かと言えば殺し合った。指や首も飛んだ。腕を切られた際には断面の筋肉までよく見えた。私はそこで少し筋トレのことを思い出し、唇を伸ばして口輪筋を鍛えようとした。彼女の方を見ると映画に夢中になって拳を突き上げていた。映画の中でヤクザたちは最終的に敵味方一緒になって宇宙から飛来した怪獣と戦っていた。怪獣の何百万トンもありそうな巨体を構成する筋肉について考えようとしたがよく分からなかった。
「誰かと一緒に観たかったんだ」と彼女は言った。私は素直に面白かったと伝えた。映画を観る彼女の姿を観るのも面白かった、とは言えなかった。私たちは笑って別れたので、口輪筋をキス目的では使用できなかった。
つまりはしばらく前の出来事は失恋ではなかった、という考えに思い至った。あの日に筋トレをしていれば良かったのだ。
今日は筋トレしなかった。もう必要ないのかもしれない。私はふにゃふにゃと起き上がってへろへろになりながらトイレへ向かうと、壁に足の小指をぶつけた。私は床に転がってぎゃあぎゃあと呻いた。悲鳴を聞いて起き出してきた彼女が私の姿を見て笑っていた。
「いくらぶつけても痛くならないように、足の小指を鍛えたら?」と彼女は提案してきた。私は答える代わりに口輪筋を活動させて唇を伸ばした。彼女も同じ仕草をしてみせた。私たちは二人で口輪筋のトレーニングを始めた。
(了)
以下「筋トレ評論家」という設定のAIによる感想。
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