これまでの人生整理 後編(中学)
中学校入学 中1
一気に沢山の同じ制服の知らない人が居た。
転校も経験していたし、なんとか馴染めると思っていた。
実際、友達関係は馴染めていたと思う。だけど僕の何かが違った。みんなとは。
何かは分からない。
次第に勉強もできなくなっていった。
というか家ではできなくなっていた。親に見られると思うとすごく怖い。勉強はリビングでやることになっていた。この時から母はパートを始めていたが、僕が帰る頃にはもう帰ってきていて、家に僕だけの時間はほとんど無かった。
親に笑われて馬鹿にされたと思うような事が小6の時にあったからかも怖いのかもしれない。
中学では先生と交換日記もあり、親に見られるのは嫌だったので学校に行く直前に書いていた。
次第に親に隠れて書くのも疲れていった。
ノリが悪くなった原因?
僕が馴染めないと思った原因の1つにノリがあった。その、原因だと思われる話。
父は夜の食卓では発展する話を好んだ。というかそれしかしてはいけないような感じになっていた。だからノリも悪く少しふざけると怒られた。発展する話が無いなら居酒屋のほうがマシと言われたが、それなら居酒屋行ってくれたほうが僕も母も心が楽だったと思う。親と居ると安心なんてできなかった。顔色と足音と声のトーンをよく見聞きして怒らせないように頑張っていたつもりだった。だけど親には届かなかったし、自分も壊れた。
周りのノリにも乗れなくなった。
不登校への道のり
中1の最初の定期テストで僕は全ての点が平均以下だった。
親の前で勉強するのが怖くてコソコソとして集中できず、塾にも通っていなかったから当然だろう。
夏休みに入ると、父が勝手に各教科の勉強用ノートを作って渡してきた。先々を行く親の期待にはもう応えられる自信もないし、心も限界だった。
そんな時、中1から買って貰ったスマホでTwitterを眺めていると病み垢というのが流れて来た。タグを検索してみると心が限界な人が沢山居て、僕の居場所はここだ!と思った。
そこには不登校の子が居た。
小3からこの時まで毎日ずる休みせず学校へ行っていた僕の頭には無い考えだった。
そう。僕は休むということを忘れていた。
そうして、夏休みが終わると同時に不登校デビューした。
最初の3ヶ月ぐらいはとにかく荒れた。
毎日毎日親との戦い。
僕の部屋にはドアが無駄に2つついていたので大変だった。
そんな中僕は輪ゴ厶銃を作った。部屋に入ってきたら親に撃つのだ。だが、当然一発では効くはずもなく、連射ができないタイプだったため諦めた。
殴り合いになって親の頭で窓ガラスを割った事もあった。
家出も考えた。が、親に依存していた僕はそんな事できるはずもなくやらずに終わった。というか今まで1人で買い物もしたことなかったから怖かった。
精神科に行ってみたい事もその場のノリで言ってみたこともあった。でも親は医療関係だから重症の精神患者を見ている。僕はそんなに酷く無いと決めつけられた。
そんなこんなである程度は安定した。
僕は親を殴ったのに親は僕を殴らなかったのが今でも不思議だ。でも父がちょろっと言った言葉を解釈すると、今の地位を子どもに壊されたくなかったかららしい。手を出してしまうと虐待となり、最悪捕まってしまうからだ。結局は自分中心なんだなと思った。
母に関しては多分力が僕より弱いから体力的には無理だと感じ取っていたのだろう。
欲を言うなら僕は殴って欲しかった。なんならもう全て壊してほしかった。
そうすれば親に逆らわずに従順な子どもで居れたはず。僕を壊して親が幸せになってくれたら僕も嬉しいと思ってた。
今は違う考えだけどね。
間違っているのなら力で伝えてくれたほうが僕的には分かりやすくて良い。
中3 高校進学
中2は安定していた。ネッ友も沢山できた。
そして中3、高校の問題でまた少し荒れた。
僕は通信校に行きたかったが、考えが古い父は全日が良いと言った。というか全日じゃないと学費は出さんような感じ。
父が高所得者だからうちは補助金制度が適応されないのだ。高所得者でも多分一般家庭以下の生活をしているのに(節電節水しろをほぼ毎週言っている)学費を出してもらえないのはすごく辛い。正直、離婚してほしかった。
まさか高所得者を理由に辛くなることが来るとは思っていなかった。
父が学費を出さないなら母に全額出してもらう必要がある。
母は僕の行きたい通信校でもいいとは言っていたが、通信校を探している時に見つけた専門学校が良いのではと言い始めた。
はじめは行きたい所へ行きなと言ってくれていたのに、高校の話になると遠回しに専門学校のほうがいいと何度も何度も行ってきた。これが僕にとって初めて自分の意思で大きな決断をしようとしているのに、これも潰そうとしてきていた。
これからどうなったかはまたいつか。
最後に
人はネガティブなことよりポジティブな事のほうが記憶に残ると親に言われたことがある。本当かどうかは分からないが、もし本当ならその普通の人達とは僕は違うと思う。なぜかって?嬉しかった事より断然怒られた記憶のほうが多いから。
親が悪者で書いているが、僕の被害者妄想なのかもしれない。でもその考え方を植え付けたのは親って考えるないともうやっていけない。
早く一人暮らしをして精神科に行って自分が学術的になんなのかを知りたい。そしたら解決策が見えてくる気がする。
心の底ではほぼいつも孤独だけど、ご主人様とぎゅーしてる時には誰にも満たせなかった物が満たされてる感じがする。大好き
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