エンジニアリングマネージャー育成の罠〜チームに戻ってきてよ、と言われないために〜
これはEngineering Manager Advent Calendar 2024 3日目の記事です。
エンジニアリングマネージャーの大切な仕事のひとつ、「後任の育成」について書きます。
信頼という武器、信頼という鎖
エンジニアリングマネージャーにとって、周囲の信頼を獲得することは重要です。信頼があればこそ様々な意思決定や仕組みづくりがスムーズに承認され、浸透し、自分のチームやその周辺のチームの成果を最大化していくことができます。
そして、築きあげた信頼は、ときに自らを縛り付ける鎖にもなります。
新しいチャレンジをしたい。その相談を周囲にするも、「いやいや、〇〇さんじゃないとここは任せられないから!」と言われ現状に留まることを余儀なくされる。必要とされている事自体は嬉しいけれども、チャレンジできないもどかしさ、新しい経験が得られないことへの危機感が募っていきます。
10年ほどマネジメント業をやっていますが、信頼を勝ち取れば勝ち取るほど自分への依存が発生し、なかなか他の人に移譲できないということは何度も経験してきました。
サクセッション先を探す
チームを観察していると、俯瞰的にチームを見ることができている人、半歩先を予測して行動している人、よくメンバーをサポートしている人などが目に入ることがあります。そういったメンバーは、マネージャー適正があるといってよいでしょう。
これらの候補者に対してコーチングし、サポートし、モチベーションを高め…そういったアプローチを絡めてサクセッションしていったのですが、うまくいったときとそうでないときがありました。
その違いは何なのか、解説していきます。
サクセッション
スキルの習得
適正はありそうだがまだ実務経験はないという状態なので、まずスキル面でのサポートが必要になります。
そのチームにおけるマネジメントロールの仕事の明文化、それを遂行するためのケイパビリティの有無を確認し、足りないところの補強をサポートしていきます。
プレゼンテーションやファシリテーションに関しての基礎的なスキルの伝授、目標設定にまつわる知識のインストールなど習得するべきスキルはたくさんあります。中でも、自分自身をメタ認知する能力、他者は自分と異なる考えを持っているということを知る能力は優先的に獲得していきたいところです。
多様性の理解には、NLPだったりDiSC、MBTIなどを学んでみるとよいでしょう。どれか一つにどっぷりというより、様々な考え方があるということを知るために複数の観点をざっとさらってみるのが、個人的には良いと考えています。
スキルだけでは足りない
いい感じにスキルが育ってきたら、いよいよ自分のもっている仕事を移譲していきます。マネージャーという看板も渡していくことになります。
このとき、あなたから見るとスキルがあり、うまく仕事を全うしてくれているのに、周囲からは「あたらしいマネージャー、あまり成果が出ていないね」「なんかチームとうまくいってないんじゃない?」なんて言われたりします。
これは、いったい何が起こっているのでしょうか。
一言でいうと「信頼の欠如」です。
あなたがこれまで培ってきた信頼は、新しいマネージャーが100%引き継ぐことができるわけではありません。
これはもう実績を積んでいくしかないという点もあるので、ある程度時間が解決してくれます。
ただ、時間が経っても信頼が形成されないことがあります。このときに、何が足りていないのかを見極めていく必要があります。私がこれまでみてきたケースでは、以下のような課題がありました。
マネジメントスキルがまだ足りていない
翻訳スキルがまだ足りていない
前述のファシリテーションや目標設定まわりのスキルが足りていない場合、チームの方向性を定めたりそれを推進したりすることがうまくいきません。シンプルに、実績が出ていないから信頼されていないケースです。
翻訳スキルについては、これもマネジメントスキルの一つといえるのですが、特に重要かつ欠落しがちなものなので他のスキルと区別して解説します。
ステークホルダーが普段使っている言葉と、エンジニアリングマネジメント対象であるチームが普段使っている言葉は異なります。
たとえば、リスクを明らかにしながらゴールへの確度を高めていくアプローチをとるエンジニアチームが「◯◯のリスクがあるため、このゴールは達成できるといいきることはできません」と発言したとします。発言者の意図としてはリスクを明示して、そこに対処して達成を目指すということをいいたいのですが、ステークホルダーの耳には「達成できそうにない」というふうに聞こえ、「え?現時点で達成あきらめちゃうの?早くない?マネージャーなにやってんの?」と思ってしまう可能性があります。
たとえば、開発者体験の向上について。「開発者体験を向上させたい」の一言で、エンジニアであれば何を指しているのかわかるでしょう。けれど、そうじゃない人からは「え?体験向上させたいってどういうこと?楽したいの?そのために時間つかうの?」って思われる可能性もあります。(そこまで極端じゃなくても、それに取り組むことで生まれるアウトカムは想像しづらいでしょう)
このときに開発者体験向上がどのように事業にメリットをもたらすか、などを翻訳するスキルが、EMには求められるのです。
そして、こういった翻訳をすることなくステークホルダーとコミュニケーションをとっていると、だんだんと信頼は損なわれていきます。
チームに対しても同様です。ステークホルダーからの要望をストレートにチームに伝えても、なんでそれを自分たちに求められているかがわからなかったりします。腹に落ちていない状態で「でもやるんだよ!」と推進されたら、「上に言われたことをそのままもってくるマネージャー」だと思われてしまい、これまた信頼を損ねる結果になります。
そういった状態が続くと、チームはパフォーマンスを発揮することができません。するとある日、上長から呼び出され、「君が引き継いだチームなんだけどさ、うまくいってないから、もういっかいマネージャーやってくれない?」となるわけです。
これ、サクセッション先のマネージャーの能力が足りないことが原因じゃないんです。あなたがうまくサクセッションできていないことが原因なんです。だから、「いやーやっぱりオレじゃないと駄目かー」なんて考えず、いかにサクセッション先に信頼を築くか?翻訳スキルを身に着けてもらうか?を考えてください。
信頼の獲得
ステークホルダーにせよメンバーにせよ、その人が言葉に対してどう反応するか、どう思うかに思いを馳せる必要があります。そのために、その人の価値観や仕事上で大切にしていることを理解する必要があります。
マネージャーはひとり孤独に向き合って、こういった理解を深めて信頼を獲得していくわけですが・・・
サクセッションするタイミングでは、すでにそういった翻訳を経験してきたあなたがいます。ステークホルダーの、メンバーの特性を、あなたはきっとご存知なはずです。無意識にうまくやってるかもしれないので、サクセッションするタイミングで言語化してみましょう。
(自分がサクセッションするときは、そういった関係者のカルテのようなドキュメントを簡単につくっていました)
サクセッションの成功が新しい道を拓く
そうしてサクセッションに成功したら、あなたは新しいチャレンジができます。
「◯◯さんにマネージャーがかわって、チームがもっとよくなったね!」そう言われるのを目指しましょう。自分自身は新しいチャレンジをして、もっともっと、見たことない景色を探しにいきましょう。