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危険な生チョコ勉強法

私とチョコレートの話。

小学生だったころ、学校の図書館で見つけた「チョコレートのひみつ」という本。
学研の「まんがでよくわかるシリーズ」のうちの一冊で、チョコレートの歴史から、原材料となるカカオ豆の生態、チョコレートができるまでの過程を追った学習書籍だ。


まんがメインの児童書だったのでサクッと読み終えるボリュームだったのだが、読めば読むほどチョコレートの魅力にハマり、何度も読んだ。
誌面ではロッテとのタイアップで「Ghana」の生産過程が紹介されていたことから、借りてきたこの本を片手にGhanaばかり食べていた。

チョコレートに限らずどの食べ物にも言えることだけれど、バックグラウンドを知ることでより一層魅力的に思え、食欲を刺激することがある
まだ10歳くらいだった私にとって、こうしてひとつの食べ物に焦点を当て、その背景を深堀りするという経験は、これが初めてのことだった。

それから数年後、中学三年生のバレンタインデー。
高校受験本番が近づいてくるなか、志望校に行くには成績が足りない状況が続き、私はかなり焦っていた。
寝る間を惜しんで勉強に打ち込む日々を送っていたものの、バレンタインデーというビッグイベントはどうしても外せない。
クラスの女子で友チョコ大交換会が行われるというのに、自分ひとりだけそれに参加しないなんて、そんな悔しいことはない。
15歳の優先順位は、この時ばかりは狂った。
受験は受験、チョコはチョコ。

市販のチョコレートを溶かして、それを可愛らしく再形成することは、簡単なように見えて実は結構時間と技術を要する。
そのことを既に知っていたので、受験イヤーである今回は簡単な割に美味しく出来るものを求めていた。
そこで出会ったのが「生チョコ」だった。

生チョコは、溶かしたチョコレートに生クリームを加えて冷やし固めるだけで済む。比較的お手軽なレシピだ。
仕上げに純ココアや粉糖をまぶせば、切り出した形が多少いびつでもごまかしが効く。くちどけはなめらかで、いわゆる普通の堅いチョコレートよりか高級感がある。
決めた。今年はこれで行こう!

勉強そっちのけでチョコレートを刻む娘を心配そうに見守る母をよそに、せっせと生産に励む。
私の計算通り、例年のチョコ作りよりはるかに時間短縮できた。失敗作を学校に持っていくわけにはいかないので、おそるおそる試食する。
美味しい!脳内を駆け巡るのは、前述の本で読んだアステカ文明の話、カカオの断面図、製造工場に広がる夢のような景色。幸せが口いっぱいに広がって、あっという間にとろけていく。大成功!
翌日クラスで行われた友チョコ大交換会でも、この生チョコは評判だった。

さて、ティーンの大イベントを無事終えて、受験に再び本腰を入れようと机に向かう。
志望校までは、手が届きそうで届かないくらいの学力。最後の追い上げに必死になるが、不安な気持ちがよぎるたびに思い出すのが、先日作った生チョコの魅惑的なくちどけ
あ~、もっかいアレ食べたいなぁ。食べればもうちょっと勉強頑張れる気がするのに。

食べたいんだ、もう一回作ってみようかなと母に話したところ「じゃ私が作ってあげる」という返事。
娘がまた勉強を放り出してチョコを刻む姿など、母はもう見たくなかったのだろう。
私としてはもう一度生チョコを作りたいのではなく、あくまで食べられればそれで良かったため、お願いすることになった。

自分が食べる分には、特に飾り立てる必要もなく、あっという間に出来上がる。
使い込まれて傷だらけのタッパーに、しっとり冷え固まったその物体をスプーンで放り込む。あぁ美味しい。脳が喜ぶのがわかる。

ずっと食べてばかりではいつまでたっても勉強が進まないため、私は一問解くごとに一口食べるということにした。
解かない限り、このご褒美を味わうことはできない。
食いしん坊の私にこのルールは効果てきめん。今までにないスピードで解答し、成績も上げていった。

母はこの私の姿を見て、幼少期の私を思い出したという。
3歳くらいの頃。同じくらいの歳の子たちは、親に公園遊びを切り上げるように促されると「やだ!やだ!」と泣きわめく。
それが私の場合「おうち帰ってプリン食べようか」という母の言葉を聞くと、すぐに手を止め「じゃあみんなまたね」と踵を返したらしい。

「この時、具体的な食べ物の名前を出すのがミソだったのよね」と、得意げに母は言った。
「『ご飯の時間だからおうちに帰ろうか』って言うだけだと、まだ遊具から降りないの。何を食べるかを伝えると、友達を捨てて一目散に帰ろうとする子だった」
プリンだろうがスパゲッティだろうが、具体的な食べ物の名前が挙がると、食べることを想像して口の中の唾液でいっぱいになる。それまで夢中で遊んでいたことなどすべて投げ出して、家路を急ぐ。ずいぶん食い意地の張った幼児だ。

その食い意地はまだ健在で、15の私は自分へのご褒美に生チョコを据えることで、受験を乗り切っていった。
母はとても協力的で、毎日せっせと生チョコを仕込んでくれた。

そして受験では、奇跡的に志望校に合格することとなる。
塾や学校の先生からは絶対無理と言われていた、地元ナンバーワンの進学校。
私も母も大喜び。
足取り軽く制服の採寸に向かう。

すると、店員さんから衝撃のひとこと。
既成サイズだと苦しいですね、特注になります
もともとぽっちゃりだった私。この生チョコ勉強法だけではなく、塾帰りの大量の夜食もたたり、体重は70kgをゆうに超えていた
高校デビューなんて夢のまた夢。高校逆デビューという悪夢の始まりだった。

それからチョコレートを見るたびに、このことを思い出す。
当時の私には痩身よりも合格だった。進学先の同級生も優しくて、巨漢だった割に体型をからかわれる機会は少なくて済んだ。学校生活は楽しかったし、これでよかったのだ。
それでも、制服特注は乙女のハートが深く傷ついた出来事だった。
以降は二度と同じ轍を踏むまいと、チョコレートだけは過剰摂取に気を付けるようになった。

あれからチョコレートを手作りすることは無くなったが、生チョコの美味しさは今でも忘れられず、バレンタインデーにはロイズ (ROYCE')の生チョコレートを毎年購入している。
今年も百貨店まで足を運んで、夫のためにわざわざ用意した…と見せかけて、本当は私も何口かおこぼれにあずかろうとしているのだけれど。

生チョコ勉強法、甘くて苦い思い出。

#わたしのバレンタイン


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