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コーヒーの酸味を考える②【光合成か?発酵か?】

前回からの続きです。
前回記事を読んでいない方はぜひご覧ください。


4. 発酵とその影響

乳酸発酵

乳酸発酵は、糖が乳酸菌によって分解され、乳酸 (C₃H₆O₃) を生成する過程です。この発酵は嫌気環境で進行することができます。乳酸発酵によって乳酸が生まれますが、同時にマロラクティック発酵が並行して起こる可能性もあります。これはリンゴ酸を分解し、乳酸を生成させる作用です。上記の通り、乳酸はリンゴ酸より酸味が弱いため、全体としての酸味は酢酸発酵よりも少なくなるはずです。

酢酸発酵

酢酸発酵は、酢酸 (C₂H₄O₂) を生成する酢酸菌による発酵プロセスです。酢酸菌は酸素を必要とするため、好気的な環境で活性化します。この発酵が進むと、酸味が強く、フルーティーで複雑な風味が引き出されます。ただし、過剰に発酵が進むと、不快な酸味が生じることもあります。

乳酸発酵と酢酸発酵の違い  

乳酸発酵は、嫌気的環境で進行し、糖から乳酸を生成します。乳酸発酵は酸味が穏やかで甘みを伴い、タクタイルには柔らかい口当たりを与える特徴があります。これに対して、酢酸発酵は酸素が存在する環境下で進行し、糖からアルコールが生成され、そのアルコールが酸化して酢酸が生じます。このプロセスでは酸味が強く、鋭い風味が引き出されることが多いです。乳酸は酢酸よりも柔らかい酸味を提供し、全体的により穏やかな風味となる一方、酢酸発酵では酸味がより鋭くなる傾向があるように思います。

ネガティブ?な発酵

ネガティブな発酵が進行すると、イソ吉草酸 (C₆H₁₂O₂) や酪酸 (C₄H₈O₂) といった不快な酸が生成されることがあります。これらは、日本酒や他の発酵飲料でもネガティブな要素として捉えられることが多いです。

最近では、チーズ様の臭気を感じる発酵プロセスが進行したコーヒーも見られるようになりました。これらの風味がオフフレーバーとして扱われるべきかどうかは、私には明確な答えがありません。しかし、他の飲料においては、こうした香りがオフフレーバーとして捉えられることが多いように思います。

5. 酸味区分の提案

コーヒーのアロマは、「Enzymatic」「Sugar Browning」「Dry Distillation」といったカテゴリーに整然と分けられていますが、酸味に関しても同様の分類を行うべきだと私は考えています。酸味の種類を以下のように区分することで、評価がより容易になるのでは?と考えています。

新しいFlavor WheelではAroma区分がわからなくなってしまいましたね。個人的には悲しい。

Primary Sourness 第一酸

土壌由来の酸(リン酸など)  
光合成由来の酸(クエン酸、リンゴ酸)  

これらは主に生育環境や土壌条件に基づいて生成され、コーヒーの基本的な酸味を形成します。特に高地で栽培されたコーヒーには、これらの酸が顕著に現れます。

Secondary Sourness 第二酸  

発酵由来の酸(乳酸、酢酸、イソ吉草酸、酪酸)  

これらは主に発酵過程で生成される酸で、酸味に複雑さを与えます。発酵が進むことで、乳酸や酢酸などの酸が生成され、コーヒーにフルーティーでまろやかな、または鋭い酸味が現れます。  

Tertiary Sourness 第三酸

生豆の生産後に発生する酸(キナ酸など)  

焙煎や保存過程で生成される酸。また劣化等も含みたいです。

意図すること

もっとも簡単に分けると、酸味の由来は「Process前」「Process中」「Process後」といったカテゴリ分類です。

この3つに分けることにより、品質評価で見る項目が増え、各々の評価に新しい考えを加えることにもなると感じています。

分類を新しく作り多くの人が区分を考えるようになることで、それを見分けられるテイスターが増えるのではないかと思います。

私個人としては分けて考えるようになってから品質に対する考え方が少し変わりました。内容は後述します。


実際に見分けられるのか? 実験してみた感想

実際にモル濃度を整えたうえで、リン酸、酢酸、リンゴ酸、クエン酸に乳酸も加えてテイスティングしてみました。
Qグレーダー保有の数名で行ったのですが、乳酸を見分けることの難易度は、その他の酸を見分ける難易度とあまり相違は無いように思えました。

私個人としてはリン酸と有機酸の区別のほうがよっぽど難しいと思いました。

(添加物として酸を扱う場合、質量濃度で比較することが有意義だと思います。一方で、植物や微生物の代謝によって生じる酸を比較する場合は、モル濃度を揃えて比べるべきかなと思います。また同様に、酸味に関する資料を見る際は、質量を揃えて比較しているのか、それともモル濃度を揃えて比較しているのかは注意すべきポイントです。)


6. いま評価すべき酸味とは何なのか?

従来の評価基準

従来のコーヒー評価では、生育環境で生まれた酸味、特にクエン酸やリンゴ酸のような酸味が重視されてきました。これらは「高品質の証」とされ、コーヒーのグレーディングにおいても重要視されてきたポイントのように思います。生育環境が良ければ酸味が強くなるため、これらの酸味を評価するためにリン酸や酢酸の評価をしないための「Organic Acid Matching Pair Test」が考案されたと理解しています。しかし、軽微な酢酸は複雑性を与えるポジティブな要素として受け入れられるようになり、酢酸に対する抵抗感が弱くなりました。また、発酵プロセスの多様化に伴い、乳酸の影響を多く受けたコーヒーも増えています。これにより、従来のQグレーディングでは判断できない酸味が出現したと感じています。

Donate Coffee的新しい評価の視点

原理主義的と思われるかもしれませんが、光合成によって生成された酸を評価したい私にとっては、光合成由来の酸と発酵由来の酸を区別することが重要だと考えます。発酵由来の酸が強いと判断した場合、必ずしも生豆の品質が高いとは言えないと考えられるからです。さらに、酢酸と乳酸を見分けることも、品質評価において非常に重要なポイントだと感じています。乳酸と酢酸の最も大きな違いは、リンゴ酸を消費するかどうかにあります。揮発酸のアロマを感じ、鋭い酸味がある場合、それは酢酸的な酸味であると考えられます。一方で、ヨーグルトのようなアロマを感じ、酸味が丸みを帯びている場合、それは乳酸の酸味であり、リンゴ酸を消費している可能性が高いと言えます。
乳酸と酢酸を見分けることは発酵により光合成由来の酸の量を消費しているか否か示唆するため、非常に意義があると考えます。

(予防線 : ここでの品質評価の考え方は、他の品質評価と比較して優劣を主張するものではなく、一つの別の視点であることに留意してください。)

7. 最後に

良いコーヒーとは何かを狭めることはしたくありません。コーヒーは多くの人々に愛される嗜好品であり、その楽しみ方にはさまざまな形があります。品質評価がCVAに移行し、スペシャルティの基準もより曖昧になりつつあり、コーヒーの品質は多様性を受け入れる方向へ進んでいます。酸味もその多様性の一環として迎合されるのでしょう。しかし、他の飲料業界からはオフフレーバーとして捉えられることもあるかもしれません。ただ単に多様性に迎合するのではなく、それがプロダクトとして狙い、意図的に作られたものであるかどうかに焦点を当てるべきだと考えます。

嫌気発酵と名を打ちながら、酢酸的な酸味が強烈なコーヒーが散見されることがあります。これは狙いが十分に達成できていないのではないでしょうか?また、チェリーの糖度が高い場合、チェリー内部で嫌気発酵が進みやすくなることがあります。好機発酵のコーヒーでも、乳酸が感じられた場合は、成熟度が高い高品質なチェリーが使用されている可能性が高いと考えられ、素晴らしいプロダクトであると評価できるかもしれません。

コーヒーの品質が多様化している中で、私たちカッパーには、プロダクトの意図を見抜く力が求められていると感じます。


参考文献

https://asahiya-jp.com/book/9784751115275/


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