![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/104237116/rectangle_large_type_2_8a5cc6e4668895672b1006ad76394f49.png?width=1200)
ドミール港洋の歴史①
第0章:イントロダクション
今後、ドミール港洋と、その周辺の、歩み、歴史を、お伝えしようと思っています。
まず、イントロダクションとして、ドミール港洋を建てたオーナーについてです。
初代オーナーは、自営業だったので、自宅の2Fにオフィスがありました。
1987年に、そのオフィスを、このドミール港洋の107•106号室に移転し、自宅と仕事場を分けました。
単にオフィスを構えるのでは無く、住居施設も作ったのが、ドミール港洋の始まりです。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/104236539/picture_pc_e5a0ac23bb0052e202399b5da7bb1983.png?width=1200)
ドミール港洋や日野中央公園の近辺は、鎌倉街道に、洋光台通りがぶつかるT字路です。
(初代オーナーが所属していた、横浜ロータリークラブの看板が立っています。)
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109369760/picture_pc_f8d61063e7b94b4ae06163a72a8ad1ff.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109369261/picture_pc_4662625cab40d295beea47ada6ebc4af.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109091841/picture_pc_37d58c39a6ca3a7726dab8439826efc7.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109091822/picture_pc_fdadeafc57edcbc146991210e39c7d3f.jpg?width=1200)
洋光台通りは、山頂の環状3号線と、谷間にある鎌倉街道を繋ぐ坂道です。
1973年まで、京浜東北線は洋光台駅が終点の時代がありました。
その為、山を削って、切り通しをして、洋光台通りとなりました。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/104236618/picture_pc_16f6447e3b9a1848b1db31248881f1d9.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109369915/picture_pc_55501b3b70feb9f7366636d71b81413a.jpg?width=1200)
鎌倉街道は、大岡川・日野川沿いにあり、平らな道です。
北は、みなとみらい、に繋がっていて、サイクリングにピッタリ。
南は名前の由来である、鎌倉まで続いています。
平らな道なので、自転車で片道40分ぐらいの、楽しい道のりです。
鎌倉には、7つの切り通しがあると言われていて、北鎌倉から鎌倉の道はその一つです。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109091930/picture_pc_4b93c49b48119f9fcce5a4b9bf46f24a.png?width=1200)
初代オーナーが、愛した、鎌倉と横浜南部について、次回から、少しずつ、続きを書いていきます。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/104236487/picture_pc_4267a1b3588f7c1d2abcd792b695a63d.png?width=1200)