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連載小説【M&A日和】第1話 M&Aとの出会い
あらすじ
『M&Aで事業に奇跡を起こすことができる――』 以前社内セミナーで聞いた言葉、そんな仕事もしてみたいなと漠然と感じた憧れ。
酒井真奈美は、MA推進部への異動に立候補し、M&A推進の世界に飛び込みました。
上司の山田や親友の小巻に助けられ、いじられながらも、宮津精密への出資案件の推進に挑みます。
立ちはだかるのは、銀行出身の堅物な交渉相手、トップダウン最優先の部長、過密なスケジュール。
果たして、出資を実現できるでしょうか。
作者の実際の業務・実体験をベースにしたリアルなM&A職場の雰囲気を感じていただきながら、真奈美が、案件を通じて、M&A担当として、成長していく姿をお楽しみください。
本文
第1章 プロローグ
第1話 M&Aとの出会い
『M&Aで事業に奇跡を起こすことができる――』
以前社内セミナーで聞いた言葉、そんな仕事もしてみたいなと漠然と感じた憧れ。
そして今、自分の人生の選択肢のひとつとして目の前に再浮上している。
酒井真奈美は、社内募集のパンフレットを見てため息をついた。
パンフレットでは、M&A実行部隊として知られる経営企画本部MA推進部が募集を出していた。
(興味深い!でも、今の経営管理部のキャリアを失うことになる)
真奈美は数日間本気で悩んだ末に、手を上げることを決断した。
――そして、4月1日の昼礼にて。
「今日から、MA推進部に配属となりました酒井真奈美です。
経営管理部から来ました。
M&A業務は初めてですがどうぞよろしくお願いします」
真奈美は見事に合格し、早速MA推進部へ異動となった。
MA推進部は部長1名、チーフ(副部長クラス)1名、そして課長2名係長以下6名の合計10名。
チーフと課長がそれぞれ2名の部下を率いてプロジェクトを進めていた。
異動後、真奈美はチーフの山田の下について指導を受けることとなった。
つまり山田は既存チームと真奈美指導の兼任となったわけである。
かなり忙しそうだったが、それでもいつもニコニコしながらM&Aの基礎的なレクチャーをしてくれた。
そして、数冊の参考書を手渡されポイントとなる部分をいくつか示され、勉強しておくよう指示された。これはこれで結構な量だった。
それから1週間――
「酒井さん、そろそろ慣れてきた?」
「いや~、まだまだ実感がわかないです。
参考書読んでいても実際の業務がイメージしにくくて……」
「そりゃそうだよね。じゃ、ちょっと打合せコーナーにきてもらえる?」
「はい?」
「そろそろ、実践を始めていこうと思うんだ。
分からないことも多いと思うけどよろしくね」
「本当ですか!はい、がんばります」
(遂に実践!?やったー!)
真奈美は目を輝かせて山田と一緒に打合せコーナーへ向かった。
第2話 初めてのノンネームシート
山田は自分のPCをプロジェクターにつなぐと、プロジェクト名が書かれている資料の表紙を映し出した。
「これは、投資銀行から送られてきたノンネームシートという資料なんだ」
「投資銀行ですか?普通の銀行とは違うんですよね?」
山田は投資銀行について、普通の預金などを行う銀行ではなく、主に法人の取引代行やアドバイスを行う銀行業務のことであり、日本では証券会社とか、あと外資系投資銀行でいえばGSやMSやJPMとかがあることを簡単に説明した。
「ありがとうございます!投資銀行聞いたことありますね。頭よさそうな人たちですね」
「ぼくらもM&A進めるときにはアドバイザーになってもらうことも多いから、また機会があればどんどん紹介するよ」
山田は表紙をめくると、画面にはカラフルなプレゼン資料が映し出された。
どこかの会社紹介資料のようだ。
プロジェクト名、会社の概要、事業内容、財務ハイライトなどが簡潔にまとめられていた。
「ノンネームシートはね、『会社名は内緒だけど興味があったら声をかけてくださいね』という初期的に買い手候補を探すための紹介資料なんだ」
「なるほど……たしかに、会社名書いていないですね」
「そう。でも会社の特徴はわかるでしょ」
「はい。財務内容はかなりざっくりですが安定しているようですね」
財務ハイライトについては、売上高・営業利益・EBITDAの推移のグラフが載っているだけだった。
真奈美は経営管理の経験から事業や財務については知識が蓄積されていたので、すぐにそこに目が行った。
「お、さすがだね。パッと見で感触がつかめるのはすごいよ」
「ほんとですか~♫」
真奈美は褒められてすっかり気分が良くなった。
第3話 その会社知ってます?
「でも、なんでもう少し詳しい情報を載せてくれないんですか?」
「それはね……」
山田によると、売り手は本気の相手以外には自分たちの売り出しの動きを教えたくないとか、うわさが出ちゃうと従業員のモチベーションとかにも影響するなどが理由とのことだった。
「そっか、確かに。
でももう少し詳しい情報をもらわないと検討しづらいですよね」
「その通り。だから、もしこの会社に興味があった場合は、
NDAを締結して、より詳しい情報をもらうんだよ」
「NDA?秘密保持契約ですね?」
「そういうこと」
山田は次のページを映した。
そこには、投資ハイライトという項目があった。売り手が想定するM&Aの内容や、この会社に投資するとこんないいことがあるんですよ、という内容だ。
「この会社は新しい加工技術の開発のために資金調達を募っている。
つまり、マイノリティ出資してほしいということだね」
「マイノリティということは、50%未満ということですよね。
過半数以上の買収でなくてもM&Aと言うんですね?」
「うん、もちろんM&Aは合併と買収という意味だけど、
広い意味では資本を絡めた株式譲渡や事業譲渡、出資もM&Aという括りで、
うちの部で対応しているんだよ」
山田は資料に話を戻した。
「事業本部の企画部に聞いてみると、この会社はもともと技術力には定評があるので、出資して強い関係を築くことができるのであれば面白いから、一度真剣に検討したいという回答がきたんだ」
真奈美は早速混乱し始めた。
(あれ?事業本部の人たちはなんで資料に記載されていないことまで知っているんだろう?)
「……ちょっと待ってください。まだNDA結んでいないんですよね?なのに、もしかしてこの会社がどこか、ご存じなんですか?」
第4話 その会社はおそらく……
「うん、まだ会社名は開示されていないけど、
ノンネームシートの情報から推察できることも多いんだよね。例えば……」
山田はノンネームシートと、おそらくここだと思う会社のHPを並べて表示した。
「事業の強みの紹介文の書き方、新加工技術の特徴、従業員人数、売上高……
結構一致しているだろ?」
「たしかに……すごい、クイズみたいですね。
これだけしかない情報から対象会社が分かっちゃうんですね」
真奈美は正直に感心した。
「わからないことも多いけどね。
でもノンネームシートからキーワードを拾ってインターネットで検索すると、
結構わかることも多いんだ。
今回はおそらくこの会社で間違いないだろう」
山田は画面を元の資料に戻した。
「ところで、ノンネームシートの財務情報って、
だいたい売上高や営業利益、EBITDAが記載されていることが多いんだけど、
なんでEBITDAが記載されていると思う?」
唐突な質問に真奈美は面を食らって慌ててしまい答えに詰まった。
第5話 EBITDAは知っています
「EBITDAはわかるよね」
「はい、それはわかります」
EBITDAとは、利息や税金、償却費を控除する前の利益なのだが、ざっくりいうと『EBITDA=営業利益+償却費』と考えればよい。
ここで、『営業利益=売上-費用』なのだが、この費用の中には『キャッシュを伴わない支出(主に償却費)』も含まれているので、逆に営業利益に償却費を足し戻した結果(=EBITDA)を見れば、『本業(営業)によるキャッシュ創出力』を計ることができる。
「えっと~、やはりキャッシュ創出力がいくらかわかることが大事ということですか?」
「……ファイナルアンサー?」
「……はい、ファイナルでお願いします」
山田は真奈美の瞳をじっと見つめ、数秒ためた。
「……惜しい。80点。ほとんど正解なんだけど少しだけ足りない」
「ありゃ~」
真奈美はほっぺたを膨らませた。
「もう一つの理由があってね。
EBITDAがわかると会社の価値を予想しやすいからなんだよ」
「あ~、参考書で出てきていた気がします」
「そうそう。細かい計算はまた今度やるとして……
例えばその業界のマルチプルという指標が10倍だとすれば、
EBITDAに10倍をかけることで企業の価値がいくらか、ざっくり試算できるんだ」
「おお~。なんかM&Aが始まったって感じですね」
真奈美にとっては、今までの経営管理ではなかなか触れることがなかった企業価値という言葉がとても新鮮だった。
第6話 初仕事の指示をゲット
「そういうわけで、事業本部も興味を示しているし、まじめに会社の情報を取ろうかと思うんだ」
そして、山田は画面に契約書の原稿(ドラフト)が映した。
「NDAのドラフトも来ているんだけど、今までNDAは見たことある?」
「決裁書の合議チェックのときに眺めたことはありますが……
細かく見たことはないです」
「オッケー。じゃ、簡単に説明するね」
山田はドラフトをさっと流しながら説明を続けた。
基本的には秘密情報とは何かを定義して、第三者に開示しないことを約束する契約で、ビジネスで用いるNDAと大きくは変わらない。ただしM&A情報なので売り手も警戒しているため、秘密保持期間や役職員勧誘禁止なんかを入れてくることもあるが……
「……まあ今回はそんな面倒くさい条項は含まれていないようだね」
(山田チーフのレビュー、早すぎ!ほとんどよくわからなかったけど……)
真奈美は苦笑いしたが、山田は気づきもせずに続けた。
「法務部長には一言いれておいたから、たぶん誰か担当をつけてくれると思うよ。ということで、後のフォローよろしく頼むね」
(まあ、法務の担当に詳しく聞くことにしよう)
「はい!がんばります!!」
真奈美は元気よく答えた。
ついに、お勉強ではない、実際のM&Aにつながる初業務だ。
胸の鼓動が早まっていくのが実感できた。
各章へのリンク先
第2~3章
第4~5章
第6章
第7~8章
第9章
第10章
第11章
第12~13章
第14章(最終章)
おまけ:第1章ダイジェスト
ダイジェスト第1章:プロローグ(第1~6話)
主人公の酒井真奈美は、M&Aの世界にあこがれ、経営管理部からMA推進部に自ら異動を申し出ました。
MA推進部の山田チーフの指導を受けつつ、中小企業へ出資するプロジェクトが始まります。
ノンネームシートを受領し、いざM&Aの実務がスタートします。
おまけ:どまんだからひと言……
概ね、1話につき1つのキーワードを目標にしています。
そして、みなさまがさらっと読めるように、文字数は900文字未満を目標にしています。
とにかく、
皆様が軽い気持ちでさらっと読んでもらえるように♫
という気持ちで書かせていただいています(^^♪