神のいない道徳
ユバル・ノラ・ハラリ ‘21世紀における21の提言(英語版の日本語要約) ’
第13の提言 #GOD P199~202
‘#Godless ethics’ ‘ #神 のいない #道徳 ’
(私の説明)
著者・ハラリ氏は仏教由来の、‘ #ヴィパッサナー瞑想 ’に取り組んでいます。
また、前出の「 #サピエンス全史 」、「 #ホモデウス 」では、仏教に関心を寄せ、これを賛美しています。
それらでは以下のことを語っています。
「科学による苦しみの解決方法は、絶えまなく人に快楽を与え続けること。」
一方で、
「仏教によるその解決方法は、人の欲を限りなく減らすこと。」
(本題)
#道徳 は、‘ #神の命 に従いなさい ’ということではない。
それは苦しみを減らす、ということを意味する。
#道徳的 に振舞うためならば、どんな #神話 や #教義 も信じる必要がない。
苦しみを深く、正しく理解することだけが必要である。
行動というものが自他に不必要な苦しみを引き起こす理由を、もしも本当に理解できたならば、
自然と苦しみから解き放たれるであろう。
しかし、人々は苦しみを表面的にしか理解していないので、 #殺し 、 #レイプし 、 #盗み を働く。
人々は他者に与える影響力に関心がなく、(長い目で見れば自分自身に与える影響力にさえ関心がなく)
今現在の #性欲 や #貪欲さ を満たすことにとらわれている。
#異端審問者 は、犠牲者に可能な限り大きな苦痛を与えるのだが、彼らを改宗するために、様々な非人間的方法をとるのである。
(第13の提言 ‘ #神 ’ 結び)
もっと身近な例として、他者を害することは、自分を害することと同じである。
世界中の暴力的行為は、ある人の心の中の暴力的願望から始まる。
その願望は、誰かほかの人の平和や幸福を妨げる前に、その人自身の平和や幸福を妨げている。
したがって、もしも、心の中に #貪欲さ や #妬み がないならば、人は #盗み を働かない。
また、もしも、 #怒り や #憎悪 を持たないならば、 #殺人 をしない。
#貪欲 、 #妬み 、 #怒り や、 #憎悪 といった感情は、まさに喜ぶべきものではない。
あなたが、 #怒り や #妬み で憤っていたら、快楽や調和を感じられない。
したがって、あなたが #誰かを殺す もっと前に、
あなたの #怒り はすでに自分自身の心の平穏を #殺して しまっている。
とりわけ、 #憎んでいる 人を今まで実際に殺すことなく、あなたが長い年月 #怒り 続けていたとする。
その場合、あなたは誰も #傷つけ てはいないが、自分自身を #傷つけ てしまっている。
ゆえに、あなたに #怒りの行動 を起こさせるのは
#神の命令 ではなく、あなたに元から備わった私情である。
もしも、 #怒り から完全に解き放たれたら、あなたはもっと幸福なはずである。
(以上)
(最後までお読み頂き、ありがとうございます。皆さんのお陰様で、無事に第13の提言 ‘ #神 ’が終了しました。次回は、第14の提言 ‘ #世俗化 ’に入ります。本当にお陰様で、本書はラスト1/3となりました。
最後まで、一生懸命全力で、和訳します。より良い要約を皆さんにお届けできるように邁進して参ります。
お読みにくい箇所は、私の力量不足としてご寛容下さい。これからも、ご愛読と、ご贔屓を宜しく賜りますようお願い申し上げます。)