ファンの在り方
ドルジはoasisというバンドのファンだ。特にWonderwallという曲がとても好きだ。ただ、実際には全ての曲を知ってる訳ではなく、ベストアルバムに入っている曲くらいしか知らないし、バンドメンバーや歌詞の意味も詳しくは知らない。単純にメロディが好きな曲が数曲あるだけだ。この手の話をすると、その程度の知識でファンを名乗るなと言う人がいる。本当のファンならもっと細部まで追いかけろと、いわゆる知識マウントを取ってくる。オタクに限ってそういう奴らが多い。もし、子どもに大好きなoasisの曲があって、彼は毎日その曲で踊っていたとする。それだけが理由で彼はファンと名乗ることは許されないのだろうか。好きに関してはいろんな形があっていいと思うのだ。先日、ドルジの音楽の趣味が合う人とたまたま出会った。ドルジの趣味は偏っているので共通の話題が通じることがとても嬉しくて、たくさんおしゃべりした。相手の情報量1に対して9は喋ったと思う。小一時間程度時間が経ち、気がついたら相手は「そうだね」としか発しない感情の無い人形に変わっていた。オタクの好きは人に押しつけると凶器になる。狂気の気持ちは押し殺して常人を演じるのが1番平和だと気付かされるドルジなのでした。