【オバちゃんの読書感想文】 「パッとしない子」 辻村 深月 著
オバちゃんはかなり長いこと小説から敢えて離れていた。小説は読み始めるとあっという間に時間が経ってしまい、やるべきことができなかったりするからである。ビジネス関係の本や実用書、ノンフィクションだとそこまで没頭しないし、新しい知識を得たりすることもできるので、そのような本ばかり選んでいた。更に、ここ10年は本が手に入りにくい生活をしていたので、それも相まってかなりご無沙汰していた。そんな私がKindleで小説を読み始めてしまった。あー、危険。クリック一つで本が手に入る。禁断の果実を手に入れてしまった気分である。
小説を久しぶりに読んでみたらやっぱり面白い。久しく小説から離れていたので、若い小説家を全然知らない。辻村 深月さんという名前はいつかどこかで見聞きした記憶があるものの、彼女の作品を手に取ったことがなかった。どんなジャンルの本を書く方なのかということすら知らなかった。
今回、Kindleのおすすめに出てきたのでクリックしてみた。今までにない小説体験をした気がした。
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はじめに「パッとしない子」というタイトルを目にした時、教室であまり目立たなく、クラスメイトからも空気のように扱われてしまう子どもが主人公なのかと思った。
私がどちらかというとそういう子だったこともあって、読む前から勝手に感情移入していた。おそらく私は小学校時代いてもいなくても誰にも気づかれないという感じだったかもしれない。勉強も体育も美術もダメダメじゃないけど、頭一つどころか頭半分ですら抜ける、ということも全く無かった。だから、そんな子が主役として描かれている本なのかな、なんて思いながらKindleでページを捲った。
本書を一気に読んでしまった。短編ということもあり、すぐに読める量だということもあるが、途中でKindleを置くことができず、その結果、感情がジェットコースターのように振られまくった。遊園地にあるジェットコースターなら、待ち時間の間に心の準備をしたり、線路を見て、下に落ちた後は右方向に一気に曲がるんだな、というのを知っておくこともできる。何の情報もない状態で本書を読んだ私は、観覧車に乗ったと思っていたのに気づいたらジェットコースターに乗り込んでいたというぐらいの衝撃を受けることになった。
普段は映画ものんびりしたものばかり選択するし、普段の生活もありがたいことに平穏な日々だ。さらに小説の世界からもしばらく離れていたこともあり、生まれて初めてバナナを食べた我が子のように(我が子は離乳食期に初めてバナナを食べて、あまりの美味しさに目を見開き、奇声をあげ、次を要求し続けた。最後のひとくちを食べたときにはショックで大泣きしていた)興奮し、読後は脱力感でいっぱいだった。小説のジェットコースターに打ちのめされたような感覚を得た。
『人間は誰しも自分の中で最善を尽くしているものだという考えで人を見るようにしている』という言葉をしばらく前に聞いた。つい「なんであんなことをするんだろう」とか「あの人の言動は信じられない」というような思いを抱いてしまうことがあるが、それは私の物差しで相手を見ているからの感覚であって、相手にはその人なりの物差しがあり、その人が考えた末の決断だと信じることができたら私達の相手の見方が変わるのである。もちろん相手に尋ねてその人の言動の背景を聞き、理解を深めることができるのであればそうしたいところだが、現実問題としてそうできて、さらに納得できる理由が得られることは稀であろう。となると、「なんで?(怒)」と思うより相手には相手なりの考えがあると信じ、それに敬意を持とうとする方が建設的かもしれない(可能かどうかも信じるとしよう)。
このような考えをした上で主人公の先生を見ると、彼女は彼女なりの物差しで生きてきたはずだと思える。それが最善を尽くした結果だと信じていたのであろう。残念なことに、最善を尽くしたつもりでも他人から見たら全くそうは思われないことは珍しくないと思う。多分私にもある。しかし、この双方のギャップをまざまざと見せつけられるような経験をしていないだけだ。もし、私が自分と相手のギャップを突きつけられたら、と思うと空恐ろしい。
小説とは恐ろしい体験を頭の中でさせてもらえ、知らないうちにジェットコースターに乗せてもらえるものなのだと実感した。