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書く喜びのともしびを灯すーミニ読書感想『高校生のための文章読本』(梅田貞夫さん他編)
『高校生のための文章読本』(ちくま学芸文庫、2015年1月10日初版発行)が素晴らしい本でした。梅田貞夫さんら、工業高校の国語教師の同僚4人が膝を突き合わせて、高校生に読んでほしい小説や随筆を集めた作品集。この「読んでほしい」の熱量がすごい。読む喜び、そして書く喜び。それがどれだけ素晴らしいか、感じさせてくれる一冊です。
高校生のための、とあるけれど、かつて高校生だった大人にも刺さる。いや、たとえば高校に行くことが叶わなくて社会に出た大人にも、きっと届く。学びたい、学びを深めたい大人には、必ずやヒントになるアンソロジーです。
収められている文章は作品の一部であることが多いけれど、特徴的なのは中略がないこと。あるパートがまるまる収められている。そしてそのパートが、それ単体として独立しうる完成度を保っている。
一番最初のモーパッサン『『ピエールとジャン』序文』に、本書の本質とも言える言葉がある。実際、胸に残りました。
どんなに些細なもののなかにも、未知の部分が少しはあるものだ。それを見つけ出そうではないか。燃えている炎や、野原のなかの一本の木を描くにしても、その炎や木が、われわれの目には、もはや他のいかなる炎、いかなる木とも似ても似つかないものに見えてくるまで、じっとその前に立っていようではないか。
炎は炎である。化学現象としての炎はありふれている。木も同様に、何千万、何億本とこの地上にはある。しかし、私の人生において、いままさに出会う炎は、木は、唯一無二である。そういう眼差しでみたときに、その炎や木を描写する言葉は、固有のものになる。これが、表現である。表現の喜びである。モーパッサンはそう宣言している。
このことを、編者らは続く本文でも強調する。本書は収録作品が名文であると同時に、本文もパワフルなのです。
文章を書く時に最も大切なことは何だろうか。それは、他の人には書けないこと、自分にしか書けないことを書こうとすることである。これがなければ、けっして文章を書くよろこびは生まれない。他人では気づかない、自分だけの内面が言葉となって表出されるということは、言いかえれば、真に創造的な文章が書かれるということだ。作家になるわけではない。詩人になるわけでもない。しかし、言葉をもった人間のよろこびを実感するのはこの時なのだ。人間はみんな個性を持っている。その個性を言葉の世界で実現すること、これが文章表現の本質である。
名文に出会い、それがなぜ名文であるのか、力強い解説で道筋を辿る。まさに授業、それもぜいたくな授業が本書の上では展開されます。
編者らは、本書で作家を育てたいわけではない。詩人を育てたいわけではない。それでも、未来を歩む若者に、自分の思いを表現する意味と喜びを伝えたいと、本書を編んだ。
その情熱が伝わってきて、私たち読者の心に、思わずともしびが灯る。素敵な本に出会いました。
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