どん底でも歌集は読めた

前のエントリーで書いた続きで、人生のどん底と言えそうなつらい状況の中、かろうじて読めた本は詩集のほか、歌集でした(もう一冊、紹介したい本があるので、書けたら書く)。

具体的には『啄木歌集』。石川啄木です。岩波文庫。


石川啄木は、20代で結核に苦しみ病死。妻と母も病に苦しみ、長男が誕生間も無く亡くなり、貧困に苦しみ…。壮絶な苦難に直面してきた歌人です。

一番有名なのは、次の歌でしょう。私が一番好きな歌でもあります。

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る

『啄木歌集』p43

懸命に働いても、楽にならない暮らし。ただじっと、自らの手を見つめる。内省的で、優しくて、でもポジティブにはなりきれなくて。そんな啄木の姿が浮かびます。

苦難に満ちた日々が歌に滲んで、それが切なくて、だけど、読み手の私たちの苦難に寄り添ってくれるような気もして。

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず

『啄木歌集』p21

ふざけて背負い込んだ母のからだがあまりに軽く、思わず下ろしてしまった。この時の母は、もう病魔に冒されていたのかと想像します。

かなしきは
喉のかわきをこらへつつ
夜寒の夜具にちぢこまる時

『啄木歌集』p41

ここは病院でしょうか。喉の渇きを訴えることもできず、布団をただ被る。長い夜の情景が浮かぶ。

そんな啄木が詠んだ爽やかな歌も胸に残る。苦難をかたどった歌が多いからこそ、明るい歌のきらめきは、ひときわなのかもしれない。

あさ風が電車のなかに吹き入れし
柳のひと葉
手にとりて見る

『啄木歌集』p149

じっと見つめていた労働者の手が、偶然の風が運んだひとひらの葉っぱを手に取る。啄木の手は、いのちの輝く世界に開かれた手でもあった。

教室の窓より遁げて
ただ一人
かの城址に寝に行きしかな

『啄木歌集』p59

ザ青春。病に苦しんだ啄木も10代の頃には、こうやって教室を飛び出したのかもしれない。

歌は短い。短いからこそ読めるし、そこから広がる情景に身を委ねることができる。人生のどん底であっても、その小さな広がりが私を救いました。

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