砂ぼこりを感じる小説ーミニ読書感想「ベルリンは晴れているか」(深緑野分さん)
深緑野分さんの長編小説「ベルリンは晴れているか」(ちくま文庫)が面白かった。傑作「戦場のコックたち」に続く、深緑さんの戦争小説。相変わらずの凄まじい臨場感にうなる。第二次世界大戦後、米国やソ連、英国、フランスが入り乱れるベルリンの、砂ぼこりが目に見えて感じられる作品だ。
臨場感を生む秘訣はディティール。街の名前、通りの名前。どこをどう歩くとどんな建物があるのか、読者の頭に明確に浮かぶ。巻末の謝辞を見ると、著者が現地訪問も含め徹底的な取材をしていることが、細部の裏打ちになっていることが窺える。
そして、「戦場のコックたち」に続き、料理のインパクトが強い。困窮のあまり、動物園から逃げ出したワニを使ったスープ。空き缶を容器に、野生のカエルを具材にした煮込みも出てくる。食べたことのない味が、なぜだがイメージできる。味覚がビビッドに描かれることで、登場人物への感情移入が格段に進む。
こうしたしっかりした小説の枠組みがあるからこそ、何層にも謎が重なった分厚いミステリーの展開をきっちり追える。論理破綻がない。そして、その謎が最終的にほぐれると、大きなカタルシスがある。どっしりしたソーセージやステーキを食べ終えたような、やや重たい食後感がなぜだか心地よい。
奇しくもいま、現実に戦争が起きている。本書は戦後小説でありながら、戦時中の出来事も鮮明に描かれる。戦争の悲劇がはっきりと目に浮かぶ。痛みを感じる。それは現実に対する共感につながるし、やはりつらくても目を逸らさずに見ようとの決意にもむすびつく。
重たい。しかし読めて良かった作品だ。
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