羽のように雪のように砂糖菓子のようにーミニ読書感想『いつかたこぶねになる日』(小津夜景さん)
なんとも不思議な本に出会いました。俳人・小津夜景さんの『いつかたこぶねになる日』(新潮文庫、2023年11月1日初版発行)。内容を説明すれば、本書は漢詩を紹介するエッセイ。でもそれだけでは捉えられない読書世界がある。羽のように軽く、雪のように白い。あるいは砂糖菓子のように甘く、でもすぐ消えていく。何かのジャンルに当てはめることが、どうにも勿体無い一冊でした。
著者は俳人で、フランスのニーズに住んでいる。でも本書のテーマは俳句ではなくて漢詩で、しかも漢詩の名作をめぐるエッセイである。つかもうとするとすり抜けるように、本書はふわふわと漂う。
どこから楽しめばいいか、それは人それぞれ。エッセイの筆遣いにも紹介される漢詩にも、挿入されるニースの情景にも、ふんだんな魅力がある。私はまず、海の描写に惹かれました。
風は海を愛しているようだった。光も影も海とたわむれたがっていた。口ずさみたくなるリズム。口ずさむと、布がふわりと風に舞い上がるように、心がどこかに飛んでいくような開放感がある。
漢詩では、「あとがき」に添えられたこの一首が短く、美しかったです。
詩友と死友が、韻というか、相似というか、シンクロニシティを漂わせる。こんなにも短い言葉の連なりに、リズム、意味、字形の美しさがある。
もう少し長い漢詩では、著者の言語感覚が光っているように思います。たとえば最初のエッセイで紹介される、原采ヒン(草冠に頻)さんの作品の一部。
これまた口ずさむと、心が軽くなるリズム。それでいて、鯨にまたがって盃を、だなんて、日頃では決して口にしないし、イメージもしない光景。
こんな言葉たちが詰まっている。日常から抜け出して、非日常の中で深呼吸したい方におすすめです。
いいなと思ったら応援しよう!
万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。