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小さいものに目をーミニ読書感想『待ち遠しい』(柴崎友香さん)

柴崎友香さんの『待ち遠しい』(毎日文庫、2023年1月31日初版発行)が面白かったです。『百年と一日』『あらゆることは今起こる』と読み進めた柴崎作品。本作も、日常のわずかな差を感じ、大切にする、そう言う感覚を味わえる物語でした。

会話や、日常の描写。そこに独特の味わいがある。そして「小さなもの」をちゃんと見つめている。それが柴崎作品の魅力だと思います。引用します。

 「わたしも五十年くらい経ったら、そんな境地にいたるんかなあ」
 沙希も、仏壇のほうを向いてそう言った。
 「五十年も経ってないわよ、まだ四十年……」
 ゆかりは言いかけて、
 「三十八年、か」
 とつぶやいた。その差の二年が、ゆかりが夫を亡くしてからの時間だった。

『待ち遠しい』p42

夫と結婚してから、亡くなるまでの時間を「40年」と言いかけて、「38年」と言い直す。その2年が、夫を亡くしてからの時間だと、主人公は気付く。

2年の違いを丸めずに、2年の違いとして描くのが、「小さいもの」に目を向けることだと思う。

本作は淡々と、淡々と、日常を営む主人公を追う。主人公・春子は、独身者として貸家に暮らし、仕事をする。本人は満足するそんな日々に、周りは色んな意味付けを勝手に押し付ける。「結婚はしないのか」「子どもは欲しくないのか」と。

そういう大きな主語の語りでは、抜け落ちてしまうもの。未亡人という枠のはめかたでは、見えない40年と38年の差。作者はそれを見逃さない。

春子の貸家の大家で、夫を亡くしたゆかり。春子より下の世代で、最近結婚し、夫との関係や出産をめぐり悩む沙希。3人の女性が、それぞれ生きようとし、そしてそれぞれ足蹴にされそうなのに抵抗し、日々を送る。生活を営む。

3人がシスターフッドで何かを乗り切るとか、現状を打破するとか、そういう成功譚じゃなくて、本作はあくまで生活の話。それがいいです。

慌ただしい毎日。本作を開いている間は少し、時間の流れがゆるりとなりました。

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同じく柴崎友香さんの『百年と一日』の感想はこちらです。


エッセイ『あらゆることは今起こる』の感想はこちらです。

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