見えない障害を持つ方に近づくためにーミニ読書感想『私の脳で起こったこと』(樋口直美さん)
レビー小体型認知症の当事者である樋口直美さんの『私の脳で起こったこと』(ちくま文庫、2022年1月10日初版発行)が勉強になりました。樋口さんが診断を受けた前後の時期の日記などをまとめたもの。生々しい感情、揺れる思いが記録されています。目に見えない障害を持つ人に対して、どのように接したらよいのか。ヒントを与えてくれました。
印象に残ったのは、この部分。
著者は、当初はうつ病だと誤診され、試行錯誤しながら病と向き合ってきました。悪戦苦闘しながら、なんとか日々を送っている。だけど、それは周囲から見たら「普通にしか見えない」となる。
その結果、著者に求められるのは「説明」です。これは、目に見える、明らかな障害を持つ人とは大きく異なる。逆に日本社会では、ある意味過度なほど、目に見える障害者には遠慮している。面と向かって「どんな障害があるのですか?」なんて聞かない。
発達障害の可能性が指摘される子の親として、似たような経験があります。「普通にしか見えない」と言われる。でも、親としての違和感はあるし、としも障害があれば、早めからサポートをしてあげたい。「説明」が生じることの葛藤やストレスというのは、障害と別の重荷です。
しかも、延々と説明したところで、障害・病の辛さが正確に伝わるわけでもない。この大変さを、著者は語ってくれています。
一方で、この引用部分には著者の優しさがにじむ。では、目に見える障害の方が「楽なのか?」といえば、そこにはあからさまな偏見がついて回ることを想像する。話はそう単純ではないのです。
本書では、一般的な認知症のイメージと、レビー小体型認知症が異なることで、「認知症に見えない」とレッテルを貼られる苦しみも語られます。十把一絡げに、ステレオタイプに当てはめることの危険性。だからこそ、著者は「目に見えない障害の方が大変だ」なんて断定しないのです。
「説明」の苦労に思いを馳せつつ、でもその人独自の苦しみの様式があることにも想像を巡らせる。そのような慎重さ、想像力が、まずは当事者を苦しめないための一歩だと学びました。もちろん、簡単ではないけれど。