目の前にこそ想像力をーミニ読書感想「サーキット・スイッチャー」(安野貴博さん)
第9回ハヤカワSFコンテスト優秀賞の「サーキット・スイッチャー」が面白かった。作者の安野貴博さんの作品は今後も読み続けたい。期待の作家さんに出会えた。
テーマは自動運転で、主人公はエンジニア。安野さん自身がエンジニアということで、専門知識が自然な筆運びで描かれている。文体も論理的で冷静沈着。ソリッドな手触りがあるのはエンジニアらしさだろうか。
人の手を介さない完全自動運転「レベル5」が達成された近未来の日本。国内自動運転カーの大半に採用されたアルゴリズムを設計しているベンチャー企業の社長でもあるエンジニアが、首都高を走る自身の自動運転カーを何者かにジャックされる。
犯人はその車に爆弾を仕掛けたと明かし、主人公にこんな要求を突きつける。「自動運転アルゴリズムを作ったあなたが殺人者だと証明してみせる。質問に答えろ」と。
犯人が問題にしたのは、いわゆるトロッコ問題だった。自動運転カーはAとBどちらかの人間と接触が避けられない場合、どちらを轢くことを選ぶのか。それは一体、どんな判断基準で決めるのか?
古くて新しい、AIの倫理的課題。しかし本書の物語を追うと、その課題は現実にもまだ未解決であろうことに思い至る。
コンテスト講評では、本作は「目の前の問題にフォーカスし、SF的な飛躍性が不十分」との趣旨の批判があった。それは最もかもしれないが、自分はあえて自動運転を取り上げたことがSF的であるような気もした。
SFは科学的空想であり、論理的・技術的にあり得る未来と想像力を掛け合わせ、どこにもない世界へ読者を連れ出す。加速度的な技術の発展に伴い、さまざまな「ありえない未来」を夢見るようになった私たちは、実は目の前の問題に無関心になってはいないだろうか。想像力を駆使してトロッコ問題に向き合ったことはあるかといえば、ない。
本書はそうした、目の前の落とし穴を浮き彫りにしてくれた。そこにこそ、想像力を向けよ、と。
窮地に立たされたエンジニアは、現実的だが妥協的でない解決策を模索する。その姿がカッコいい。
エンジニア小説としては藤井太洋さんの「ハロー、ワールド」が名作だったと思うのだが、本書はそれに勝るとも劣らない傑作小説だったと思う。