【エッセイ】note開始から1ヶ月。言語化の質に変化があったよ、って話
6/27にnoteに初投稿をしてから、ちょうど1ヶ月たった。
わたしは、noteを読書記録として始めた。
最初の記事はこちら。
結構、思うままに自由に綴っている記事だ。
思うまますぎて、ちょっと長い。
それでも読んで、”スキ”を押してくれた方がいるというのは本当にありがたい。
また、上の記事以外にも23本をアップした。
全ての記事において、誰かしらが”スキ”を押してくれていた。
わたしをフォローしていない方もいらっしゃると思うので、感謝の気持ちが届かない方も多い。
それでも、きちんと、伝えたい。
本当にありがとうございました。
で、1ヶ月noteにてアウトプットなり読書記録なりを続けたおかげで、生活の中に変化が起きた。
それは”言語化スキルの変化”だ。
以前は、本や、TV、ネット記事、人から聞いた話など、1つ1つがバラバラな情報としてわたしの頭の中にインプットされていた。
バラバラが故に忘れることも多く、以前インプットしたはずの情報は肝心なときに限って出てこない。なぁんてことも多かった。
いや、多かったどころではない。日常茶飯事だった。
だから、わたしは人と会話をすることが苦手だ。
気の利いた話題がスッと出てこない自分にがっかりするからだ。
ただ、noteを始めていろんな記録を残しておく作業を増やしたことで、1度自分の思考を整理するようになった。
すると、以前インプットした情報同士が結びつく瞬間が格段に多くなった。
自分の中でいろんな話が展開していきやすくなり、インプットした情報の引き出しがスムーズに開けられるようになった。
1つ、例えとしてあげてみる。
ただ、こうしたオープンな場所に残しておくには賛否あるような内容であるということを断っておきたい。
※下記冒頭の一文を読んで、
読みたくないと思った方は
スクロールして
★★★★★★まで
移動してください。※
安倍元総理が銃弾に倒れた。
あの速報が飛び込んできてからそれなりの日にちが経ち、メディアでの報道の内容も変化してきた。
母親の破産、犯人の人生に対する絶望的な挫折、安倍元総理の政治家としての成果よりも人柄を紹介する番組、旧統一教会、宗教団体のあるべき姿論、そして政治家の宗教団体との関わり。
昨日、夕方のニュースをつけていたら、政治家と宗教団体という切り口のニュースが長尺で取り扱われていた。
わたしは腑に落ちなかった。
色々端折ってカンタンに記すと”犯人が脇に追いやられた報道”に違和感を覚え、この報道が最重要民意のようになってしまうと、”犯人も、現在進行形で家族の宗教問題に苦しんでいる人も、救われない”のであって、メディアが大衆を扇動するポイントはそこじゃないのでは、という引っかかりだった。
全然端折ってカンタンに記せていない点はひとまず置いて欲しい。
これは『ケーキの切れない非行少年たち』やポピュリズム関連の書籍を読んでいたから出てきた思考だろう。
で、この話を、隣にいた連れ合いにボソッと伝えた。
「そうか」とボソッと返事をしてくれた。
この時に、わたしのアウトプットはちょっとスムーズになったなと感じたのだ。
★★★★★★
(飛んできてくれてありがとうございます。ここからは特定の報道に関する内容は出てきません。)
以前にもTVを観ているときに、”メディアに対する違和感”を抱くことはあった。
ただ、その違和感を言語化できなかった。
「なんかよくわかんないけど、これはいや」
これはわたしのよく使っていた表現で、隣にいる連れ合いは「そう?」と疑問系でいつも返事をしていた。
連れ合いは、”いや”しか言わないわたしに対して、いやいや期の子どもを相手にしている気分だった時もあっただろう。
とにかく、ふわっとしすぎて、連れ合いを困らせていることが多かったのだ。
アウトプットの質、要するに”言語化の質”というものが低すぎた。
恥ずかしい。
けれども、ここは言語化の練習場なので、恥も全て記しておく。
で、1ヶ月前までのわたしの頭の中を分析すると、これだ。
「実家の押入れ」状態。
インプットされている情報が奥深くにしまいこまれたり、こんがらがってしまったりして、スムーズにアウトプットできていない状態。
これに尽きる。
この状態が慢性化すると取り出すことがめんどくさくなって”何にも出さなくなる”のだ。
そりゃよくない。
しょっちゅう自分を見失い、旅に出たくなる原因はここなのかもしれない。
そう、”イタイ人”が出来上がるという一例をこちらでは示している。
反面教師になれたら、それは恥を晒したわたしにとって小さな救いである。
で、ちょっと話はそれるが、以前ストレングスファインダーを受けたことがある。
めちゃくちゃ有名だし、結構前から存在しているので使ったことのある方も多いのではないだろうか。
ちなみに、わたしの10個の強みはこれだった。
収集心
適応性
最上志向
親密性
慎重さ
成長促進
アレンジ
分析思考
責任感
内省
ご覧の通り、自分の考えを表現することは苦手なのだ。
わたしの場合、慎重になる自分を抑えて、意識的にアウトプットしていかないと、”収集心”は生かされにくいのだ。
そして、いちばん得意なはずの”収集心”は”慎重さ”によって強みとして発揮できていなかった時期が確かにある。
1ヶ月経った今、noteはわたしの”収集心”を最大限に引き出してくれる可能性を秘めているんじゃないかと感じ始めている。
読書記録は、書籍を読んで考えたことをまとめるよきツールとなっているし、エッセイは分析思考や内省という強みの強化訓練になる。
自身の考えをスムーズにアウトプットできるようになるためにも、いやいや期を卒業するためにも、コツコツとわたしのペースで継続し、変化を楽しみたい。
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