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カエル記念日

 俵万智の歌集『サラダ記念日』が社会現象になるほど売れたのは1987年のことらしい。私は小学生である。

「この味がいいね」と君が言ったから
7月6日はサラダ記念日

 サラダの部分を文字って「今日はトンカツ記念日」とか、世のお姉様達が勝手に記念日を制定するのを子供ながらに楽しんで眺めていた。自分にもいつかそんな特別な日が来るのだと信じていたーー。

 あれからウン十年。私の記念日はまだ来ていない。なんてこった。


 幸せとは、つかみ取るものだろうか。それとも築き上げるものか、あるいはただ、気づくものなのかも知れない。どうであれ、私はそれらを見逃してきたに違いないのだ。臆病で、そのくせ夢見がちで、明後日ばかりを生きてきた。ようやく現実を直視できるようになったと思ったら、45歳である。つくづく、なんてこった!


 こう見えて私は手先が器用で、若い頃から料理も得意なのだ。得意だったのだ。残念ながら45を過ぎると人生は日々、失敗の連続になる。加齢によるお肌の水分不足で、とにかく手がすべるのだーー。
 スーパーへ買い物に行っても、ビニール袋なんて永遠に開けられないし、料理をしていてもお皿をガチャンガチャンと割りまくる。味噌汁も鍋ごとぶちまける。反抗期なみの暴れっぷりだ。いちばんゾッとするのが、体のどこかがこつんと当たって、包丁を床に落としてしまうことである。毎回、足指から数ミリのところに刃先がサクッと突き刺さる。今どきヤクザでもそんな脅し方はするまい。まったくサラダどころではない。

 すべるのは手だけではない。当然、足もすべるーー。
 先日、開脚スクワットにチャレンジした。「ババア先輩はこれだけやって!」みたいなネット記事を読んだのだ。股関節の老化が、体全体、ひいては人生全域に老化をもたらすのだそうだ。ホラーだな。
 だがしかしババア先輩の足裏はやはり水分不足だったようで、グリップ能力ゼロであった。私の脚はスクワットに耐えきれず、バレリーナ並みにするすると股を広げ、遥かに自分の柔軟性を突破したとんでもない体勢で身動き出来なくなってしまった。行くも地獄、戻るも地獄、最終的に無言で床に崩れ落ちる私、45歳。まるでカエルの死骸である。10年以上セックスをしていない女の股関節が、こんなに危険なものだったとはーー。なんてこった・・・。


 カエルの死骸のままで床にべったりと潰れながら、頭を使って考える。ーーおそらく私にはサラダ記念日はやって来ない。幸せになりたいのなら、もう失敗を祝うしかない。カエル記念日だ。(死骸)

 股関節が「バキッ!」っていったから
 7月6日はカエル記念日


 おめでとう、私。ありがとう、私。いつまでもお元気で。


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