(緊急投稿)小澤征爾のオペラの思い出 ヘネシー・オペラ・シリーズ・ヴェルディ『ファルスタッフ』
(緊急投稿)小澤征爾のオペラの思い出 ヘネシー・オペラ・シリーズ・ヴェルディ『ファルスタッフ』
ヘネシー・オペラ・シリーズ
ヴェルディ『ファルスタッフ』
指揮 小澤征爾
演出 デイヴィッド・ニース
舞台デザイン ジャン=ピエール・ポネル
キャスト
サー・ジョン・ファルスタッフ ベンジャミン・ラクソン
ドクター・カイウス ダグラス・ペリー
バルドルフォ デイヴィッド・ゴードン
ピストーラ イーヴォ・ヴィンコ
クイックリー夫人 フィオレンツァ・コソット
メグ・ペイジ ジェーン・バネル
アリーチェ・フォード キャロライン・ジェイムズ
ナネッタ ドーン・アプショー
フェントン フランク・ロパルド
フォード パオロ・コーニ
他
東京オペラ・シンガーズ
新日本フィルハーモニー交響楽団
1993年5月16日 尼崎・アルカイックホール(兵庫県尼崎市)
それまでに2度、小澤征爾とボストン交響楽団の来日公演を聴いていた。だが、小澤のオペラ指揮は、海外からの噂が時々流れてくるものの、どうせ話題性だけでやってるんだろう、と、正直バカにしていた。
だから、それまで数回、兵庫県尼崎市のアルカイックホールで小澤の指揮によるオペラ公演があると知ってはいたが、わざわざ聴きに行くほどのこともなかろう、と見過ごしていた。
けれど、ついにこの時、演目がヴェルディ「ファルスタッフ」だったこともあり、半信半疑で聴きに行った。それで、過去数回の公演を聴き逃したことを心底悔やんだ。
過去2回のボストン交響楽団との来日公演での演奏よりも、むしろこの時の小澤の「ファルスタッフ」の方が、筆者には衝撃的だったからだ。
まず、演目のヴェルディ「ファルスタッフ」だが、それまでに筆者はこの晩年の傑作を実演で鑑賞したことはなかった。ヴェルディのオペラの中でも代表的な作品の一つなのだが、この作品が日本で実演されることは、当時珍しかった。けれど、筆者はヴェルディ「アイーダ」公演にエキストラ合唱で出演した経験があり、以来、ヴェルディのオペラを実演で鑑賞したいと思っていた。そういうところへ、珍しい「ファルスタッフ」の公演を、しかも小澤が振る、というのだから、これはもう、得難い機会だった。
「ファルスタッフ」を予習しようと、CDでカラヤン晩年の録音を聴いていた。だから、オペラの曲や中身はおおよそ把握できていた。だからなおのこと、この時の小澤の指揮する「ファルスタッフ」が実に素晴らしかったことがよくわかったのだ。
まずもって、このオペラは冒頭からいきなり場面が始まり、快速の歌と音楽がはじける。その勢いのよさと音の躍動、そこでもう、一気に作品世界に引き込まれる。小澤の振る「ファルスタッフ」は、オペラの実演にそこまで慣れていない筆者でも、冒頭からたちまち作品世界に没入させられる魅力を発していた。
それもそのはず、当時の筆者はまだよくわかっていなかったが、この公演でのキャストは当時、日本で実現するのは奇跡だといえるぐらい、達者な歌い手が集まっていたのだ。
このオペラは、というよりオペラはどれでも、歌手次第でよくも悪くもなる。オーケストラ演奏の場合は、「悪いオケはない、悪い指揮者があるだけだ」と俗にいうように、指揮者次第でどうとでもなる場合がある。しかし、オペラはそうはいかない。いくら名指揮者でも、ボンクラ歌手を相手では、無理があるだろう。
この時の小澤のキャストは、まさしくこのタイミングでしか実現しなかっただろうという、新旧とり混ぜた優秀な歌手が揃っていた。
フィオレンツァ・コソットは、いわずとしれた名メゾソプラノで、文字通りのイタリアオペラの華だ。
ベンジャミン・ラクソンは、この時すでに有名だったが、その後もますます名声を高めていった。
特に、この時、クラシック音楽としては異例の大ヒットをしていたグレツキ「交響曲第3番 悲歌のシンフォニー」で、一世風靡していたドーン・アプショーを、たまたま聴くことができたのは、幸運だった。
イーヴォ・ヴィンコやパオロ・コーニといったベテランが脇をかため、隙のないキャスティングでこのシェイクスピア喜劇を盛り上げてくれた。
土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/