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2024年も生きたい、生き続けたいです。

どうも、ゑんどう(@ryosuke_endo)です。

新年が明けましたね。みなさん、どんな年末年始、いや、年越しをお過ごしましになりましたか。ぼくは、年越しがどうとか関係なく、いつも通り、眠くなった時点で即座に寝てしまいました。

年末だろうが年始だろうが関係なく、眠くなったら寝る。これに限ります。人間の健康は不変ではありませんからね。健康でいれるうちに健康を享受していくべきです。

年が明けたのと同時に、ぼくのnoteにおける連続投稿が1000日を迎えたことになりますので、それも含め、改めて言いましょう。

新年、明けまして、おめでとうございます。

ぼくからの年賀状が届かない人たちに向けたご挨拶です。ちなみに、この世にぼくからの年賀状が届く人はいませんので、悪しからず。

さて、どう進めていこうかという点において、かなり迷子になっている次第ですが、とりあえず進めていこうと思います。年始の暇なお時間をとってしまい、大変恐縮です。

健さん(帝京長岡高校サッカー部)、お疲れ様でした。

まず、この話題に触れなければいけません。

ぼくが過去に卒業した帝京長岡高校サッカー部。最近では、全国屈指の強豪校として知れ渡っておりますので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

ぼくが在籍していた頃はというと、1年生の時に初めて全国高校サッカー選手権大会に出場を果たした時代で、ぼくの年代は県大会の準決勝敗退でした。

当時は本当にいい時代で、サッカーをやったことのない素人でも在籍していたら帝京長岡高校のサッカー部として名を刻むことができましたし、運が良ければ公式戦に出場することもできました。

巡り合わせがよかったこともあり、ぼくは最終学年時にGKとしてレギュラーを張ることができ、県大会の準決勝まで進むことができたことは数少ない、ぼくにとっての大事な自信となっています。

いま、同じような境遇で帝京長岡高校サッカー部に在籍している人はいないでしょう。初心者がレギュラーを張ることなど不可能だと言えるほど、帝京長岡高校サッカー部へ入部するための敷居は高くなっているのです。

毎年、全国大会へ出場することが前提となっているような今と、ぼくが在籍していた当時とでは、選手はもちろん、指導をする人たちに対する周囲からの圧力は比較することもできません。

そんなぼくが在籍していた当時の空気も知りつつ、現在の圧倒的な期待を背負っているのが谷口先生をはじめとした指導者陣であることはいうまでもありません。

監督登録をしている古沢 徹さんは、学年で言うとぼくの一つ下。今年の指揮を任せられていた川上 健さんはぼくの一つ上の学年です。この2名に共通しているのは、暑苦しいまでに提供長岡高校サッカー部のことを愛していたし、今でもその気持ちに変わりがないってことでしょう。

幸か不幸か、ぼくは2名と接する時間が2年以上あったわけで、当時の発言や姿勢、態度に雰囲気を肌で感じていた立場だというと、他の人たちよりも濃いと言えるのかもしれません。

もちろん、指導者としての苦悩や苦労を知っているわけではありませんから、おいそれと「知っている感」を出せませんが、少なくとも、彼らの悔しさを間近に見てきた人間であることは間違いのない自負を持っています。

今年、帝京長岡の指揮を任されたのは監督の古沢 徹さんではなく、川上 健さんでした。周囲からの期待を浴びせられながら指導、指揮を取ることは決して楽ではなかったでしょうし、その圧力たるや、ぼくのような腑抜けには想像することもできなければ、仮に晒されたとしたら耐え抜くこともできないでしょう。

結果として、今年の帝京長岡高校サッカー部が挑んだ全国高校サッカー選手権大会の結果は2回戦敗退です。対戦相手は全国の中でも長い伝統を誇る強豪の市立船橋。0-1から追いついてのPK戦による敗退ですから、勝負に負けていたわけではないものの、結果として負けたことに。

ぼくとしてはPK戦で雌雄を決することはジャンケンで勝敗を分けることと同義であり、決してサッカーによる勝敗を決めることにはならないと考えていますが、現状のサッカーにおいては勝敗を決するためのルールですから仕方ありません。

選手はもちろん、指導者陣の悔しさたるや、想像することはおろか、推し量ることもできません。

だから、というわけではありませんが、川上 健さんが指揮をとっている姿を誇らしいと思ったOBはぼくだけではないでしょう。あの、川上 健さんが帝京長岡の選手たちに向け、あの低い声で鼓舞している姿は、ベンチからレギュラー陣に向けて暑苦しいまでの声をかけていた姿を重ねるからに他なりません。

それを見れたことを嬉しい、喜ばしいと感じることができることも含め、今年の帝京長岡高校サッカー部には感謝しています。

ありがとうございました。

同時に、健さん。

結果としては非常に悔しいものでしたし、残念なものとなりましたが、一年間、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

生きたい

すっかり、帝京長岡高校の、いや、川上 健さんへの手紙となってしまいましたが、本題に戻ります。

今年の目標や目当てとしては、「生きたい」です。これ以外にありません。

ぼくだけに限らず、常に人は生死の狭間を生きていると思うのです。少なくとも、ぼくは一歩間違えれば、いつ死んでもおかしくないぐらいに生存能力の低い無能ですから、他の常人に比べると何倍も死ぬ可能性が高い人間だと言えます。

だからこそ、今年もなんとか生きたいのです。

子どもたちの成長を目にしていきたいし、彼らの日常を眺めつつ、噛み締めていたい。彼らの笑いや泣き顔を見れること時間を存分に享受したい。

そのためには生きなければなりません。彼らに生きてもらわなければなりません。

決して簡単なことではないのですが、その簡単ではないことを簡単にやっているようにしなければならないわけですが、それは決して容易なことではありません。ぼくのような無能側の人間からすると、かなりのハードゲームです。

こと仕事においては自分だからできること、自分にしかできないことなんてものは存在しないと思いますが、彼らとの時間を構築することにかけては自分だけが保有することが許されるかけがえのないものであるものでしょう。

せっかく手にした物ですから簡単に手放したくはないと思いつつも、ほんの少し何かがズレてしまったら壊れてしまいそうなほど繊細です。

ぼくがそれを大事にしなければならないわけですが、それを大事にするということは生きなければなりません。生きることは決して容易ではありませんが、生きるために必死になることは人間として生活をする以上、必要なことです。

人間として生活を送る以上、とにかく生きることに一生懸命になる必要がありますから、今年も、がんばって生きようと思います。

おわりに

年賀状を出さないため、ここで今年の挨拶に返させていただきます。

年賀状ではスペースが限られていますし、即時性のないメッセージのみが相手方に届いてしまいますから、そう考えるとこうやってnoteを書くことは年賀状よりも生の声に近いものが届けられるものだと言えます。

みなさん、今年もよろしくお願いいたします。

ちなみに、この投稿は1000日連続の投稿となったことを併せてご報告差し上げたいと思います。

投稿を終えてからスクショしました

いつもお読みいただくみなさん、ほんとうにありがとうございます。さらに継続していけるよう、これからも精進いたしますので、お付き合いいただけると幸いです。

ではでは。
ゑんどう(@ryosuke_endo)


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ゑんどう ≒ 遠藤 涼介
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