子どもにとって親は環境そのもの②
子育てや教育の場面では、「どうやって正しい道に導いてあげようか…」という視点で、適切な言動を教える直接的な指導が必要なこともたくさんありますが、発達障害の特性や不登校状態の子どものサポートでは、まずは「環境を整えることを優先するといいかも」と思うことが多いです。
この主張の根拠は、昨日の投稿で書いた「ICF」の生活機能分類です。
ここでお伝えしたい「ICF」とは、私が勤めていたNPO法人で発行していた冊子で紹介していた活用の仕方です。日常生活の不調を「ICFの生活機能モデル」に当てはめて考えてみる…いう方法なので、一般的なICFの生活機能モデルのイメージとはかなり違うとこ思います。
私は一般的なイメージの方が強かったため、「ICFの生活機能モデル」って難しそうだし、私には関係ないとずっと思ってました。ですが、子どもの支援を学ぶほどに大切さがわかってきたため、「こんな感じで使うといいらいんですよ」を紹介してみたくなったのです。
一般的?だと私が思っているICFの説明は、こちらとか、こちらとかを読んでください。読んでも、私にはあ理解できません。
とはいえ、ICFってなによ?が、私だったら気になるので、そもそもどんなときに使うものなのか…というところだけ、厚労省のホームページから引用してみます。
ICFって本来はこんな感じの使われ方されてます
NPOで出版されていた冊子では、こんな感じで使われていました
そして、冊子では、「ADHDのある子どもの親御さん」の具体的な話を上げて、上記の状態を説明しています。
「ADHDのある子どもの親御さん」が、お子さんの問題により保護者会で責められてた…ということがあると、以降の学校行事に「参加制約」が出てくる。
すると、その後の対人関係にも参加しづらくなったりするため「活動制限」につながり、さらには人つきあいにかかる様々な不安が重なっていき鬱になってしまうこともある…という例でした。
このような「関係者の態度」により追い詰めれれてしまう保護者さんや、「支援体制がない」ことで孤立してしまう親御さんに、私も、これまでにもたくさんあってきました。
図にすると↓になります。
ですが。
もし、「関係者」に正しいADHDの理解があることや、近くに「親の会」があったり「学校の受け入れ体制」があるこで、不健康(鬱状態)は避けれれらることとも言えます。
これを「子どもの不登校」に置き換えて考えてみると…
心身ともに健康で、楽しく学校に通っていた子どもが、ある時から学校に行き渋るようになった場合、こんなことがあるのかも…という例です。
ちょっとした子ども同士の感情の行き違いという出来事があったため、「友達との関係がぎくしゃくしてしまった」。さらに、ほかの友達に相談しても、自分の気持ちは理解してもらえない気がするし、自分の味方がいない。(関係者の態度)
↓
先生に相談してみると、理解してくれなかった。(支援がないと感じている)
↓
友達との関係が、なんだかどんどん悪くなってきた気がする。
↓
学校でどう過ごしたらいいのかわからなくなる。
学校が過ごすのがしんどくなってきた
↓
朝起きるのが辛くなってきた。
↓
親から「早く起きろ!」と怒られる。
↓
事情を話すと親は「大変なのはわかったけど、仕事にいけなくて困るから学校に行ってほしい」と言ったりする
↓
自分は親を困らせる「ダメな子」(セルフエスティームの低下)
↓
毎朝、おなかや頭が痛くなってしまう
↓
学校にいけない日が増えていく
↓
休み始めると友達に変に思われてしまう。
嫌われたり、悪口を言われたりするのでは…と思う。
↓
もっと「自分はダメな子」と思う(セルフエスティームのさらなる低下)
↓
朝はどんどん辛くなっていく。
日中も動けなくなる。
みんなが学校にいっている時間に起きているのが辛くる。
夜に起きるようになる。
↓
不登校が長期化したり、心の健康が損なわれてしまう…
こんな感じの流れがでてくるように思います。
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明日は、「子どもにとって親は環境そのもの③」として、冊子から「環境因子」がプラスに関わった例の紹介と、「個人因子」について、ご紹介したり、最後の「不登校」の例での「環境因子」と「個人因子」がプラスに関わるとこうなるかも?といった内容を書こうと思います。
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以上は、私が自分で理解していることを、なるべく短い文字量で書いているため、間違えていることもあるかと思います。
気を付けて書いていますが、もし間違えていたら、ぜひ教えてください(なるべく優しく…でお願いします)。
では、また明日。