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「一流の頭脳」を読んで
最初に.前頭前野のノルアドレナリン濃度を上昇させる薬物(ストラテラ)がADHDの症状を改善させることがわかっている.薬物治療に頼らずとも前頭前野機能を改善させる方法はないか調べていたところ,本書に行き着いた.
この本は脳機能維持/改善のためにとにかく運動をしなさいというようなことが書かれている.以下,私なりの本書の解釈である.
# 運動によってコルチゾール[ストレスホルモン]に対する感受性が抑制されるだけでなくストレスに対するコルチゾール分泌が減る
・そもそも脳機能を低下させる天敵はストレスであり,ストレスがかかりすぎるとADHD症状が悪化する.それどころかほぼ定型発達な人間でさえあまりにストレスが掛かりすぎることで脳機能[前頭葉機能]が落ち,ADHD様の症状が出現することがわかっている.
・コルチゾールにさらされ続けると,海馬や前頭葉の機能が低下する
・海馬は学習や記憶に深く関わる部位
・コルチゾール受容体が多く発現しており,長期にコルチゾールにさらされ続けると海馬の機能が低下し学習や記憶が妨げられてしまう可能性が指摘されている.
・PTSD[心的外傷後ストレス反応]の患者は海馬の萎縮が見られることがある.
・前頭葉,特に前頭前野は情動のバランスを保ち,理性的な判断を下すための機能を持っている.例えば,ストレスや感情的な状況においても,適切な行動を選択し,衝動的な反応を抑制することができるのは前頭前野のはたらきによるものである.一言でいうと「理性を司る器官」といえる.
・前頭葉の認知機能[短期記憶能力や適切に判断する能力,計画遂行能力,衝動抑制能力]は脳内カテコラミン[ノルアドレナリン・ドパミン]濃度が高すぎても低すぎても下がってしまうので適切な濃度で維持する必要がある.
・ヤーキーズ・ドットソンの法則[ストレスが高すぎず低すぎず,適切なレベルのときに最も良いパフォーマンスを発揮できる]は上記の影響が大きいと考えられている.
・ストレスによる前頭葉の急性反応としては,認知機能低下がある.ストレスによる脳内カテコラミン濃度の急激な上昇により,一時的に前頭前野の高次認知に必要な神経回路を機能停止させる.通常は分解酵素が働いてカテコラミン濃度を調整するが,急激なストレスだとこの調整が追いつかない.
・後述するが,前頭前野は「新しい脳領域」の一部であり,ストレスに対し特に脆弱.ストレスがかかると前頭前野機能が弱まり代わりに視床下部などの「古い脳領域」の影響が強まる.これにより感情や衝動の制御が困難になり、理性的な判断が難しくなる.
・ 慢性的なストレスは,前頭前野の神経細胞の樹状突起やシナプスの数を減少させ,構造的な変化を引き起こす.これも前頭前野の認知機能低下と関連する.
・この構造的な変化は必ずしも不可逆な変化とは言えないが,年齢が進むにつれてこの構造的な変化の回復能力が低下する傾向がある.逆に若年期にはストレスによる構造的な変化はストレスの終了後にもとに戻ることが観察されている.
・脳は「新しい脳領域」と「古い脳領域」に分けられ,区別するために前者を「大脳新皮質」,後者を「大脳辺縁系」と呼ぶことがある.
・前頭葉は大脳新皮質の一部であり,海馬は大脳辺縁系の一部である
・大脳新皮質は「前頭葉」「頭頂葉」「側頭葉」「後頭葉」があり,大脳辺縁系は「海馬」「扁桃体」「帯状回」「視床下部」等がある
・大脳新皮質は情報処理の高度な機能を担っており,大脳辺縁系は感情や本能的な行動に関与する領域.
・大脳辺縁系は進化的に古い脳領域のため,脊椎動物全般に見られる.一方で大脳新皮質は進化の過程で最も新しい脳領域であり,脊椎動物の中でも哺乳類で特に発達している.人間では大脳の大部分を大脳新皮質が占めている.
・ストレスがかかると前頭前野の感情制御機能が弱まり,感情的な反応が大脳辺縁系の一部である扁桃体で制御されるようになる.
・これにより迅速で反射的な感情反応が優勢になり,状況に応じた冷静な判断が難しくなる
・上記のようにストレスによって海馬や前頭葉の機能低下が起こるとストレスを正常に処理できない状態になり,次なるストレスに対応できず更に海馬や前頭葉の機能を低下させてしまう,といった負のループに入ってしまう.
・運動は,海馬の働きを改善させるだけでなく,前頭葉機能を向上させることがわかっている.つまり,ストレス処理能力が上がる.
・そのため慢性的にストレスを感じている人は運動を日常的に取り入れるべきである.
・上記で述べた通り,できるだけ若い回復能力が高いうちにストレスによる前頭前野の構造的な変化から回復させておく必要がある.
・それだけでなく,習慣的な運動はストレスによるコルチゾール[ストレスホルモン]の分泌を抑制する事がわかっている.つまり,ストレスに対して過剰反応しにくい体になる.
・まず前提として人間は運動をすると運動それ自体は肉体に負担をかける活動であるから,ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌される.
・運動が終わると,ストレス反応は必要なくなり,コルチゾールの分泌量は減る.
・何度も運動していると,運動しているときのコルチゾール分泌量が少なくなっていく.このように体が慣れてくると,運動以外でも体にストレスが掛かったときに分泌されるコルチゾールの量が減ってくる.
・運動習慣をつけることでストレスに対して強い体質になっていき,日常的にストレスに悩まされなくなるし,ストレスに怯えずに生活を遅れるようになる.
# 運動は前頭葉機能を高め,加齢による前頭葉の萎縮も遅らせる
・脳の司令塔である前頭葉は加齢とともに萎縮し,知的な能力が少しずつ失われていく.
・これも運動によって食い止めることができる.
・前頭葉の萎縮は,カロリーの消費量と関連がある.
・具体的には,よく動いてカロリーを消費する人は加齢による前頭葉の萎縮の進行が遅くなる.
・これは少し思い立って運動する程度で抑えられるものではなく,何年もかけてたくさんのカロリーを消化することで,効果が見えてくる.
・脳の若返りを目的とするのであれば,若いうちから日常的な運動習慣を持っておく必要がある.
# 運動後は集中力が高まる/運動中は創造性が1.6倍に高まる
・運動をすると脳内のドパミン濃度が高まる
・運動を終えた数分後には濃度上昇が始まり,数時間持続する
・ ドパミン濃度が高まるとサウンドノイズ比(S/N比)が高まる(Nが下がる).
・これにより集中力が高まる
・上記はコンサータ(ADHD治療薬)内服やタバコで集中力が高まるのと同様のメカニズムである
・2014年,スタンフォード大学の研究チームが「Give Your Ideas Some Legs: The Positive Effect of Walking on Creative Thinking」という論文を発表した.
・上記論文では,屋内外を問わず[屋内のトレッドミルでウォーキングを行うことでさえ],創造的思考力が向上していることが示された.
・ただ座っているときと比べ,屋内外を問わず歩くことで,新しいアイデアを出すことにおいて1.6倍も差が生まれた.
# 効果的な運動量はどれくらいか
・まだどれくらいの運動量が効果を発揮するのかは研究段階.
・ たとえわずかな一歩でも脳のためになる.
・5分だけでも何かしらの効果はある.
・中途半端にやるくらいだったらやらないほうがいい,と諦めてはいけない
・脳のための最高のコンディションを保ちたい/長期的な前頭葉の老化を抑制したいというのであれば週に3回45分以上の有酸素運動が効果的.半年以上を目標にすると良い.
・ポイントは心拍数を上げること.
・ただし,疲れるほど運動してしまうと,脳の血流は逆に減り,筋肉への血流量が増えてしまう.
・自分にあった強度で行うのが一番大切.