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その逸材は、遠い日の花火だったのか
先月から採用活動を行っておりましてね。
募集人員は 1名。募集要項は以下のとおり。
ポジション:Finance Associate
業務内容:予算、原価計算、キャッシュフロー報告、見積書レビュー、監査
会社所在地:香港島 ※ただし、勤務場所・勤務時間はスーパーフレックス
応募条件:
✅ 言語:英語・広東語が fluent, 中国語 (Mandarin) が good 以上
✅ コンピュータ:MS Office (Word / Excel / PowerPoint)
✅ 職歴:ファイナンス系の職務経験 3年以上が望ましいが、必須ではない
✅ 学歴:ファイナンス・経済系の学部卒が望ましいが、必須ではない
採用エージェントへは「ファイナンスのスキルは入社後に教育可能なので、ポテンシャルがあれば新卒 (fresh graduate) でもいい」と伝えてあります。
先週、エージェントから一人の候補者 (candidate) の資料が送られてきました。履歴書・適性テスト結果・一次面接記録の三点セットです。
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まず、履歴書 (CV) に目を通す。
「学歴」のところで、目が止まる。
「会計学修士課程。2022年 6月修了見込み」
むう・・・
「新卒でもいい」って言ったけど、修士は想定していなかった。
会計学の修士なら喉から手が出るほど欲しい。しかし、誠に申し訳ないが、ミスマッチだ。
私が募集しているのはアソシエイトなんだ。マネジャーではない。
修士なら、新卒でもマネジャーを狙えるだろうに。
新卒なので、「職務経歴」はない。そのかわり・・・
「インターンシップ経験:4社」
V社:Financial Planning & Analysis(2022年 1月 ~ 現在)
C社:Finance Assistant(2021年 4月 ~ 8月)
S社:Audit Assistant(2021年 1月 ~ 3月)
T社:Equity Researcher(2020年 9月 ~ 12月)
はあ?
キミは大学・大学院にちゃんと通っていたのですか?
そこで、「学術業績」の欄にさらっとだけ目を通してみる。
「ビッグデータ理論の応用による政府のパンデミック対策に関する研究」
「交換留学生として、プレトリア大学(南アフリカ)のプロジェクト ”各国の監査制度に見られる独自性および類似性” をリード」
「論文 “経営改革における内部監査の役割” を執筆。Modern Business 誌に掲載される」
ま、まぶしい。まぶしすぎて目が開けられないよ。
履歴書の末尾に「資格」の欄があった。
「ACCA」(英国公認会計士)
ヲイ・・・
待たんかいコラ。
Big 4(世界 4大会計事務所)から引く手あまたやろが。
なにゆえ、当社のような地味なメーカーに?
好意的に解釈するなら、新卒でいきなり会計監査人やコンサルになるより、メーカーで実業の現場を経験しておきたい、と考えているのかもしれない。
だとしたら殊勝な心がけだが。
次に、適性テスト (Predictive Index) の診断を読む。
「“Scholar”」(学者タイプ?)
✅ 真面目で内向的な性格。人見知り
✅ 自律的で、分析と深い思考を好む
✅ 細部にこだわり、正確さとクオリティを重視する
✅ 事実の積み上げによって、慎重に答えを導こうとする
✅ 個人的・感情的な問題をスルーして、タスクに集中する
✅ コミュニケーションはストレートで要点を衝き、ときに “唐突” である
俄然、興味が増す。募集している仕事にピッタリだ。それに、嫌いじゃないよ、こういうタイプ。
修士で会計士資格保持者といっても、謙虚で控え目な、あまり野心的でない若者なんだろう。
いいじゃないか。好きになれそうな気がする。一から鍛えてあげたくなる。
最後に、一次面接の記録にも目を通しておくか。
一次面接は、採用エージェント会社のプロのリクルーターが実施したので、私はその面接記録を読むことになる。
学生時代に力を入れたこと。日本では通称 “ガクチカ” と呼ばれるらしい。
画面をスクロールする。
おいおい。面接の記録が Word で 6ページもあるんかい。
面接でこんだけ語った彼も彼だが、それを記録したリクルーターも凄いな。
あかん。頭がクラクラしてきた。全部読むのがしんどい。
例えば、こんなエピソードだ。
「大手の建設会社でインターンを始めたとき、建設業界の知識が全くなくてパニックになり(中略)ファイナンスで学んだ手法で建設各社の財務諸表を比較分析し(中略)データだけではわからないこともたくさんあると知り、同僚・マネジャーや取引先の方々と何度もお話をさせていただき(中略)、本から得た知識だけでなく、人から話を聞くことの大切さを学びました」
うぅ・・・よく頑張りましたね、以外の感想が思いつかない。
やっぱり、資料から読み取れることには限界があるわなぁ。
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彼を一次面接したリクルーターから直接印象を聞くことにしました。
「昨日送っていただいた彼の資料に目を通したんですけど」
「彼?」
「Xiaoさんです」
「ああ。彼女ね」
ゑ・・・
“she / her / her / hers” なの?
香港で 3年も働いてるけど、Xiao が男性名か女性名かわかるほどチャイナ通ではないのだよ。
てゆーか、イマドキはプロフィールに gender を記載してはいけないルールなのかしらんが、性別ってけっこう重要な情報だと思うんですけど。
性差別する考えは毛ほどもない。ただ、資料を読みながら人物像をイメージしていたわけで、男性か女性かでそのイメージがだいぶ違ってくるわけで。
なぜなら、初見の人を評価するときというのは、自分の知っている人たちを参照しながら、未知の部分を補おうとするものだから。
いまいちど情報を整理しよう。
修士。インターン経験。公認会計士。Scholar 型。頑張り屋。アジア女性。
脳内データベースを検索し、2件ヒットした。
韓国人のアロムとインド人のニーナ。2人とも私のスイス勤務時代の同僚で、どちらも有能だが、前者は性格が悪く、後者は性格が良い。
Xiao は、アロムか、ニーナか。
リクルーターから聞いた話はこんな感じ。
Xiao は向上心の強い人です。学ぶこと、キャリア形成に貪欲です。一方で、己の未熟を知る謙虚さも持ち合わせています。たしかにインターン経験しかなく、即戦力として経験不足ではありますが、彼女は地道に努力すると思います。責任感も強いので、与えられた仕事は最後までやり抜くタイプです。私は彼女を強く推しますね。めったに出てこない逸材ですよ。
ベタ褒めすぎて、あんまり参考にならないよ。
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今日(4月13日)、二次面接を行いました。これが最終選考になります。
オブザーバーとして、ティファニーという人事部の社員を同席させていますが、基本的には私との 1対1 の面接です。
Xiao は、白い綿のシャツに黒い細身のパンツ、短めのひっつめ髪にすっぴん風メイクという姿で現れました。
想像していたとおりの、真面目で内気そうな、でも芯の強そうな顔立ち。
当社に興味を持っていただきありがとうございます的な社交辞令と自己紹介を手短に済ませ、単刀直入に一番訊きたいことから質問する。
「私は一次面接の記録も読みましたが、敢えて同じ質問をさせてください。なぜ当社なのですか? あなたの経歴と資格なら、Big 4 にでも入れるはずです」
Xiao「インターンで監査や経理業務を経験して、自分のやりたいことはこれじゃない、と思いました。数字の奥にある実際の取引を知らなければ意味がないからです。なので、私は会計監査人にも Big 4 にも興味がありません。私は、ビジネスに直接かかわるファイナンスがやりたいんです」
のっけからヘヴィー級のカウンターパンチきたよ。
「この仕事では、あなたの知識やスキルを十分に活かせないと懸念します。あなたはこの仕事から何を得られると考えていますか? お金以外に(笑)」
Xiao「学校で学んだことと、仕事に必要な能力は、別のものだと考えています。なので、監査や会計の知識がこの仕事に活かせるとは思っていません。私はこの仕事を通じて、学校では学べないことを学びたいと考えています」
ぐうの音も出ねぇ・・・。
「業務内容を見てわかるように、ほとんどルーティンワークです。あなたがこれらの仕事をマスターするのに 2年とかからないでしょう。2年後、昇進せず、新しい仕事も与えられなかったとしたら、どうやってモチベーションを維持しますか?」
我ながらイヤな質問だなあ、と苦々しく思う。
Xiao「それらの仕事を完璧にマスターしたとしても、まだまだ学べることはたくさんあるのではないでしょうか。例えば、同僚から学ぶ、マネジャーから学ぶ、他部門の社員から学ぶ。この会社に経験豊富な人たちがいるかぎり、私はモチベートされ続けると思います」
お気づきかもしれませんが、私は彼女がどれくらい長く働いてくれそうなのかを試しています。
香港は、2年未満のサイクルで転職する、超流動的なジョブマーケットです。どうせ 2年以内に辞める、とわかっていつつも、2年以上続く稀少な人材を希求する。それが、私も人事部のティファニーも共通する思いなのです。
もちろん、辞めるのも続けるのも、本人の自由意思です。
ただ、一人の人間と一つの会社が相思相愛の関係を持続することができるならば、それに越したことはない、と私は思います。
なぜでしょうね。
人と人の関係と同じように、長い時を積み重ねるほど、深みが増すと考えているから、かな。
Xiao の返答を聞きながら、ふとそんなことを想っていた。
私と Xiao の質疑応答が続くなか、ティファニーは無表情で Xiao の顔を見ている。
私は、Xiao の受け答えに偽善やマニュアル感が微塵もないことを感じ取っていた。
(この人は心の声をあるがまま話している)
遠くのほうから、長く忘れていた情熱が迫ってくるような気分を、私は持て余していた。
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1時間の面接を終え、Xiao が退室した。
私は、ティファニーが座っているほうを振り向いた。
私「あなたのオブザベーションは?」
ティファニー「いい子でしたね(微笑)」
私「同感です」
ティファニー「でも・・・うちでは無理ですね」
私「・・・同感ですが、なぜ?」
ティファニー「私に言わせるのはズルいと思いますけど(笑)」
私もあまり認めたくはないのだが。
私「いい子すぎるから。彼女はうちのユルいカルチャーに耐えられない」
真顔になったティファニーが天井を仰ぐように、惜しいなあ、と言った。