おやつ論文|退職と心血管疾患の関連
研究職として給与をもらえるようになってから早一年となった。ここ1, 2年,ときどきキャリアの締め方を考えることがある。
お世話になっている先生に,「周りの先生方の説得力のある経験と業績を見ていると自分はこうなれる気がしない」などと泣き言を放ってみたが,「まだ早すぎだろ,業績作ってから不安になれ」と一蹴されてしまった。ごもっともである。
中学生か高校生の頃か忘れたが,朝ご飯を食べている最中に「晩御飯何食べたい?」と母親に聞かれたことがある。「朝ごはん食べている時に晩御飯のこと考えさせないでくれる?昼飯はスキップ?」と返したが,先生も同じ気持ちになったのかもしれない。
定年まで30,40年。腑抜けたことを言ってないでとにかく業績を積んで,その時は自分のような若造をビビらせればいいんだな。
今回は「退職と心血管疾患の関連」に関する内容(Sato et al., 2023)。
退職と健康と言えば認知症が話題に上げられることが多く,心血管疾患について気にしたことは無かったので,今回の論文で勉強させてもらうことにした。
ちなみに認知症の研究で面白そうだなと思ってまだ読めてない研究(Hale et al., 2021)もあって,気が向いたらそっちも今後紹介出来たらなと思う。
論文のタイトルは,
「Retirement and cardiovascular disease: a longitudinal study in 35 countries」
退職と心血管疾患に関する先行研究
心血管疾患(cardiovascular disease: CVD)は世界の主要な死因となっていて,2019年には55歳以上は1650万人が死亡している(Global Burden of Disease, 2020)。ちなみに令和4年の日本では,心疾患は55歳以上の死因第2位となっていて,22万6,670人と報告されている(厚生労働省,2023)。
(人口動態見てて知ったけど,10~39歳の第1位と40代の死因第2位は自殺らしいです)
退職とCVDの関連を調査した文献が増えており,職務ストレスの開放や,退職後の身体活動の増加,睡眠の質の向上などなど様々な観点から検討されている。しかし,これらの研究結果には一貫性がないと指摘している。
ということで,今回紹介する論文では,35ヶ国のデータを用いて退職とCVDおよび様々なリスク因子との関連を調査することを目的としている。
検討した内容
CVDには心疾患と脳卒中を含めた分析が行われた。
リスク因子としては,高血圧,糖尿病,肥満,運動不足,喫煙,過度な飲酒が検討された。
不健康な行動(運動不足,喫煙,飲酒)を減らすことで,高血圧,糖尿病,肥満が予防され,心疾患や脳卒中の発生が減少するという仮説が立てられた。
分析の結果
定年で退職した人は,勤労者と比べて心臓病のリスクと運動不足が低下した。男女共に退職は心臓病リスクの低下と関連していて,喫煙の減少は女性でのみ観察された。
高学歴の人は,退職と脳卒中,肥満,運動不足のリスク低下との関連が見られた。
肉体労働ではない職種を退職した人は,心臓病,肥満,運動不足のリスクが減少していたが,肉体労働の職を退職した人は肥満のリスク増加を示していた。(←この結果特に好き)
まとめ
結論としては,定年退職が平均して心臓病リスクの低下に関連していることを示唆していた。定年退職とCVDおよびリスク因子との関連については,個人の特徴によって変わると述べている。
全体の感想としては,勉強になりましたあ!という小学生的な感想にとどめておいて,特に面白かった点が一つあった。
以前,健康行動に関する分析をした時に,労働による身体活動は運動に含まれるか否か,という話題が上がった。
単に体を動かすのが健康に良い影響を及ぼすのか,運動として実施する場合と,肉体労働のような労働における身体活動では健康への影響に違いがあるのか気になっていたため,今回の論文はその参考になったと思う。
ちなみに一番大事な主張が論文の最後(Conclusion)に書いてあるので,是非気になった人は読んでほしい。
公衆衛生学の教室で働くようになり,公衆衛生学,疫学の考え方,知識をしっかり身に着けたいと思っているので,今後もこういった文献があれば紹介しようと思う。