ドイツの産業空洞化~日本の二の舞はあるのか?~
産業空洞化を象徴するVW工場の閉鎖
9月2日、ドイツ最大手の自動車企業フォルクスワーゲン(VW)社がドイツ国内の工場閉鎖を検討しているとのニュースが大々的に報じられました:
従前より筆者はドイツ国内の経済活動に係るコストが上昇していることを背景に同国の直接投資フローが純流出に傾いている兆候に注目してきました。ドイツ企業の国外脱出は既に国際収支統計上では確認されつつあったもので、特に2022年から2023年にかけては海外からドイツへの対内直接投資が急減し直接投資全体では過去に類例を見ない純流出に直面していました:
VW社のニュースはドイツ企業が海外へ脱出するニュースですが、国内のビジネス環境悪化にいち早く反応したのはやはり外資系企業だったという話です。2022年以降はこうした「対内直接投資の減少」が注目されてきたわけですが、今回のニュースを皮切りに「対外直接投資の増加」は一段と注目集めるようになる可能性があります。今回と次回を使ってドイツの産業空洞化を考察してみたいと思います。大型の論考なので次回もやるかもしれません。
今回は製造業大国ドイツの象徴でもあるVW社が国内工場を閉鎖するという話であり、87年に及ぶ同社の歴史では初の意思決定となります。そのショックはショルツ政権にとどまらず、中長期的に見たドイツ経済の展望に関わるでしょう。ちなみに工場閉鎖に加え「29年まで雇用を保障するという労働組合との協定」について打ち切りが検討されていることも報じられています。上記報道ではこれを「破産宣告」と嘆く労働者の声も報じられています。同社が全世界で雇用する65万人の約半数(30万人)がドイツ国内の労働者と言われていることから、この方針がドイツ労働市場に与える影響は無視できないものになるでしょう。
長い目で見れば「ドイツの不調」は「ユーロ圏の不調」であり、当然、ECBの「次の一手」を検討する上でも重要な材料になり得ます。
色褪せる最強国ドイツの立地
筆者は拙著「アフター・メルケル―「最強」の次にあるもの」において、ドイツは「永遠の割安通貨」である共通通貨ユーロのほか、為替リスクや関税・非関税障壁がない周辺国における需要、東欧から得られる良質かつ安価な労働力などに支えられ、「輸出拠点としてのパワー」を維持できているという点が日本との最大の違いであり、強みであると論じてきました:
また、2015年9月の無制限移民受け入れの余波もあって人口減少ペースが鈍化するという点も日本との大きな差異として注目されるものであった。もっともその副作用で教育や治安の面でドイツ社会は大変な苦労を抱えています。この辺りは川口マーンさんの下記コラムがとても面白いです:
しかし、この「輸出拠点としてのパワー」がいよいよ失われつつあるというのが近況となりいます。今回の決定に際し、VW社のオリバー・ブルーメCEOが「ビジネスを行う場所としてのドイツは、競争力という点でさらに後れを取りつつある」と述べた通り、ドイツを巡るビジネス環境は特にパンデミック以降で激変しています。
2022年3月、常々危険だと周囲から諭されていたロシア依存の天然ガス調達はロシア・ウクライナ戦争開戦で途絶し、2023年4月には理想に憑りつかれたように脱原発を敢行、元々高止まりしていたエネルギーコストをさらに押し上げたのは周知の通りです:
国外に目をやれば、媚中外交と揶揄されてまで獲得した中国市場も同国の景気停滞や外交上の軋轢もあって先行き不透明感を強めています。エネルギーや通貨といった面で安価な生産コストが保証され、中国という巨大な販売先も確実に見込めたからこそ強かったドイツの「輸出拠点としてのパワー」は、とりわけエネルギーの面から崩れ始めている(通貨の面に関しては様々な尺度があり得るので別の機会に議論する)。
この点、ドイツ商工会議所(DIHK)が2024年8月1日に公表した約3300社の加盟企業に対する調査がドイツ企業の苦境を明示しており、非常に興味深いです。調査によると、減産もしくは海外への移転を検討している国内企業の割合が37%と、2022年の21%、2023年の32%から増勢傾向にあることが確認されています:
この傾向は特にエネルギーコストが高い企業(エネルギーコストが収入の14%以上に相当する企業)や大企業(従業員500名以上)に顕著であることも指摘されており、これらの企業に関しては概ね2社に1社が減産や移転を検討しているという結果であります。
調査では高いエネルギーコストがもたらした結末はビジネス拠点としてのドイツにとって決定的(crucial)とされ、「今回の調査はビジネス拠点としてのドイツからの離脱トレンドを確認するものであった」とまで書かれています。ドイツ人が大好きだったはずの気候変動への配慮などエネルギー政策の「正の側面」については調査の自由記述欄に見られたものの、多数派ではないとの旨も言及があり、隔世の感を覚えました。
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