(6年前にハマった)韓国映画入門ベスト10
1.ナ・ホンジン『哀しき獣』(2010)
2.ポン・ジュノ『ほえる犬は噛まない』(2000)
3.ナ・ホンジン『チェイサー』(2008)
4.ポン・ジュノ『殺人の追憶』(2003)
5.イム・チャンサン『大統領の理髪師』(2004)
6.イ・チャンドン『シークレット・サンシャイン』(2007)
7.ホン・サンス『秘花 スジョンの愛』(2000)
8.イム・サンス『ハウスメイド』(2010)
9.キム・ジウン『悪魔を見た』(2010)
10.キム・ギドク『コースト・ガード』(2002)
4位と5位と6位が役所広司と浅野忠信が合体したような国民的名優ことソン・ガンホの出演作というこの入門ぶり!
ガンホが吸血鬼化するウィルスに感染した神父役のパク・チャヌクの『渇き』は画面が中島哲也みたいにガチャガチャしていて微妙でした。
作家主義的にはキム・ギドクもホン・サンスもイ・チャンドンもいいけど結局ポン・ジュノ&ナ・ホンジン推しに落ち着くのは元々1970年代のアメリカ映画が好きな人種だったらしょうがないのではないか。『悪魔のいけにえ』とか『激突!』とか『ジョーズ』とか『恐怖のメロディ』とか『白い肌の異常な夜』とか『チャイナタウン』とか『わらの犬』とか『要塞警察』とか『ダーク・スター』とか『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』とか『ザ・ブルード/怒りのメタファー』とか……最後のはカナダ映画だった。
ジョージ・A・ロメロのゾンビ映画に代表される1970年代のカタストロフ映画には、モダンでもポストモダンでもない狭間の混迷期に独特のオブスキュアなお先真っ暗感が立ち込めているのである。アメリカの大衆文化にディズニーランドとマクドナルドが誕生した1950年代の安定期から約20年後という間隔を置くと、民主化運動と高度経済成長の80年代から20年後が2000年代の韓国なので、アメリカ映画史と韓国映画史の並行性が仮定できる。90年代に30代を迎える80年代に学生運動に参加した60年代生まれ、いわゆる「386世代」が国策として力を入れている映画産業にデビューしたのが90年代末~00年代。
『哀しき獣』。「韓国のトニー・スコット」と呼びたいのは山々だが、全力疾走の緻密なアクション演出が得意なのに物語に救いが無い、つまり主人公が粉骨砕身のカーチェイスのスタントをこなしてもデンゼル・ワシントンのような九死に一生を得る英雄になり損ねてしまうというパラドキシカルな作風のナ・ホンジン監督みたいな鬼才を輩出してしまうのも、米軍の戦略とセットでやって来るアメリカ文化に激しいアンビヴァレンスを抱えた韓国映画ならでは。
後半はスコリモフスキの『エッセンシャル・キリング』も顔負けの死に物狂いの逃走劇。借金を抱えたタクシー運転手グナムを雇って韓国に密航させる黒幕の一人で、自分を狙う組織に乗り込んで斧一本で皆殺しにする朝鮮族のチンピラの元締め役のキム・ユンスク(『チェイサー』に続いての起用)が怪物的な存在感で凄い。
国際ヤクザが跋扈する首都ソウルを活写するために、中国に自治区がある朝鮮族(韓国では浮浪者同然の貧しい移民として扱われる)の若者が出稼ぎに行く街として視点を複数化しているのもポイント。
『チェイサー』で元刑事・現ピンプの主人公が身柄を預かる被害者の娘役のキム・ユジョンが芦田愛菜級に名子役だと思ったら現在は若手女優として立派にブレイクしていた。
『ほえる犬は噛まない』。後に『リンダ・リンダ・リンダ』で日本映画に進出することになるペ・ドゥナの脱力系ヒロインとしての魅力を知らしめた長編デビュー作。舞台となる巨大団地の管理人のおっちゃんが舌舐めずりする「犬肉食」や主人公のヒモ同然の非常勤講師の夫が直面する大学の人事で横行する教授へのケーキの下の賄賂(「勉強だけすれば教授になれると思っていた」)に代表される韓国人の奇妙な習性をスタイリッシュな映像とジャジーなサントラのスウィング感で自虐を昇華した軽妙洒脱な日常系サスペンス&コメディに、オールタイムベストにコーエン兄弟を挙げているポン・ジュノだけあってうだつの上がらない庶民が巻き込まれるブラックなギャグセンスが卓越している。団地の地下室でソウルオリンピック時代の手抜き工事を嘆く亡霊ボイラー・キムの怪談を語る管理人のおっちゃんの暗がりに浮かぶ顔のアップ。
『殺人の追憶』。民主化に向けて混迷を極める80年代韓国のダイナミズムがそのまま刻まれたような迫力の実際に起きた未解決事件を元にしたサスペンス。等身大の画角から上昇していって田舎の畦道を這いつくばる人々を俯瞰する神の視点のようなショットが印象的。時折スローモーションに切り替わる映像が遅々として進まない真相解明の物語のアクセントになる。泥沼化する捜査の難航により、拷問と証拠の捏造による自白の強要が横行していた地元警察の違法捜査を咎めていたはずの新任刑事も次第に手段を選ばなくなって豹変していく……。トンネルの奥へと去っていく3人目の容疑者の若者を見送る2人の刑事の顔に真実を取り逃がす無念さが結実する。最初の容疑者として逮捕される村のマスコット的な青年クァンホが水木しげるの漫画みたいなキャラ。なるほど韓国では80年代からナイキのスニーカーが人気だったのか。
『大統領の理髪師』。マッカーサー(GHQ)って韓国にも居たんだ……「昔も今も国を滅ぼすのは学識のある奴らだ」という60年代にクーデターで軍事政権を樹立した朴大統領の台詞に素直にうなずく、自分の職務にだけ忠実な主人公の一代記。
下痢になったら北朝鮮のスパイと接触した「マルクス病」の疑いで逮捕されるっていうデタラメな思想統制がまかり通っていたあちら側の風習も今やわが邦を振り返れば笑えないのである。
そしてベトナム戦争と並行した圧政下でもアメリカ文化(ロックンロール)が流れ込んでくる当時の風俗の移り変わりが主人公の床屋で働く従業員ジンギのエピソードに取り入れられている。
政権が倒れた後に「赤狩り」で情報部に連行されて足の病気になっていた息子のナガンがついに自分の足で立って歩き出すのが旧時代と新時代の世代交代の寓意としてオプティミスティックなオーバーアクションで演じられている。
『シークレット・サンシャイン』。「もう許されてる人をどうやって許すの?私がその男を許す前に なぜ 神は許したの?私が苦しんでる時 あの男は 神に許され 救われていたわ なぜ そんなことが? なぜ なぜなの?」何の理由もなく息子を奪われたシングルマザーがその不条理な「なぜ?」を埋めるようにして「今はもう 私に起こったすべてが 神様の御心だと 信じ」ようとしたのに、信仰まで失った後の狂気の彷徨がザ・現代映画。母子が夫の故郷である密陽の街へと国道を走る途中にソン・ガンホ演じるお節介な修理屋の社長と出会うオープニングでの、最初に車の窓から空を見上げたフレームに差し込む光が庭で髪を切ってもらう背中から地面へとカメラが下りていく最後の場面で円環になる。
「細かいことですぐ激怒する売れない映画監督の先輩と後輩が酒場で管を巻きつつ恋人を取り合う話」を執拗な固定ショットで語り直す作風の、韓国のヌーヴェルヴァーグと呼ばれるホン・サンス。『スジョンの愛』はモノクロで窓辺に佇むショットが良かった。
その前に『教授とわたし、そして映画』をふと手に取っていきなり観たら2010年の比較的最近のなんだけど面白かった。大学の映画学科で講師をやっているジングはやはり神経質で他人に細かい難癖を付ける厄介な性格の主人公、しかも狙った女子に会うのを拒絶されると一晩中家の前で電話をかけ続けるほどしつこい。途中からソン教授(本業は映画監督)と女子生徒(オッキ)と学生時代のジングの三角関係がゴタゴタする映画内映画になって、いかにも学生映画的なたどたどしさの「威風堂々」のJLG的ソニマージュと引用テキストがハングルなのが新鮮。
ホン・サンスの映画を立て続けに観ていたら韓国の美術大学では映画学科が出世コースというのと(それだけ国際映画祭マーケットを視野に入れた若手育成が盛んなのだろう)、脚本上で教授が女子学生に手を出して男子学生とドロドロの三角関係になるのがデフォルトの人間関係みたいな偏ったイメージが植え付けられてしまう……。
『ハウスメイド』。2014年にシネマ・ヴェーラで「韓国映画の怪物 キム・ギヨンとキム・ギドク」特集をやっていたのでおなじみの1960年のキム・ギヨン監督『下女』のリメイク版。現在TSUTAYAにDVDが置いてあるのは『シークレット・サンシャイン』のチョン・ドヨンが今度は街でスカウトされた住み込みの家政婦を演じるこっちのバージョンだけ。
恋人はいないのかと聞かれて「私まだイケると思う」と野生の欲動を持て余した家政婦ウニが子守りをすることになって長女と仲良くなる所までは良かったのだが、子供扱いするなと憤る若い奥さんとその母、母の味方をする古参家政婦(ウニを雇って連れてくる)、双子を妊娠中の妻を差し置いて悪びれることなく浮気性の御曹司、を中心にした大富豪の一家のそれぞれの思惑と確執が絡み合った惨劇のスケープゴートへと仕立て上げられてゆく。
『悪魔を見た』。婚約者を変態殺人鬼ギョンチョルに惨殺された捜査官の男が、国家情報院のテクノロジーを駆使して警察をも出し抜いた完璧な復讐計画をプログラムする……という漫画(というより小池一夫とかの劇画)的な設定。韓流スター、イ・ビョンホンがクールな主人公に扮するのだが、ギョンチョルを追い詰めるまであと一歩という肝心な正念場での詰めの甘さで取り返しのつかない事態に。法(&警察)がまともに機能していない世界でドロドロの食うか食われるかの憎しみ合いが渦巻いているというのが絶望的な不運の連続が串団子状に串刺しになるコリアン復讐劇の基本モチーフではないか。
わたくしの韓国映画入門は鉄人社から出ている『韓国映画 この容赦なき人生』が役に立っているのだが、そこで俳優の竹中直人が『「悪魔を見た」みたいな映画は、日本じゃ作れないでしょうね。……感触としては「悪魔のいけにえ」や「エクソシスト」を観たときの感覚に近い』ってレコメンドしていた。
『コースト・ガード』。ここで描かれる「非日常な軍隊の狂気」は大西巨人的には「俗情との結託」なのは否めないが、キム・ギドクで一本選ぶならこれかなと、今なお現在進行形の朝鮮半島の南北境界線版『ランボー』&『フルメタル・ジャケット』。「夜7時以降の侵入者はスパイとみなし射殺する」という看板が立っている厳戒区域の海岸を警備中に、酔っ払って侵入した地元の漁村のカップルを誤射してしまった真面目な兵士がコーストのゴーストへと追い詰められていく。
◼️初出:2016年5月1日発行のフリーペーパー『アラザル10号予告編』(アラザルオンラインショップにて現在もダウンロード可)