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幸福な遊戯:角田光代:去り際というか、散り際というか

「幸福な遊戯」(95/2021年)

「幸福な遊戯」「無愁天使」「銭湯」3つの短編。どれも終わり方が良いのです。読んでいて、物語が収束しないことは分かります。きれいな「結」は期待できません。だからこそ、どこで終わるのかドキドキしながら読んでいるのですが、全て期待通りに、予想をチョット裏切ってプツりと終わってくれます。その去り際が美しいのです。主人公が読者の前から消えていく姿が悲しいけれど輝いているのです。

それにしても「幸福な遊戯」がデビュー作だったとは、驚きです。やはり最初から凄い作品を書かれているのですね。いや、デビュー作だからこそ荒ぶるというかギラギラしているというか。

男二人と女一人の同居生活が崩れていく。残されるのは女。そもそも不安定な同居生活なので終了するのは必至であり、時間の問題ではあるのだけれど、予想以上に早く来てしまうところが残酷だし、男二人がそれをほとんど後悔してしないようなのも冷酷である。さらに、女にもあまり落ち度がない、というか男にとっては非常に都合が良いのに残されてしまうところも怜悧だ。あっさりと同居生活は終わる。そのあっさり感が刺さります。きれいに散るための代償はあるものの、そこの美学に惹かれてしまうのです。

買い物依存症を描いた「無愁天使」、理想と現実の狭間でもがき苦しむ「銭湯」、非常に冷たいです。でも、底に流れる最終防衛ライン的な温かさはある、見えないし書かれていないけれど、その温かさが角田なのでしょう。素晴らしい作家ですね。間違いないです。

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