『アメリカン・フィクション』に見た「人種差別」の描き方の変化
映画の中で「人種差別」が描かれる時、良くも悪くも作品が撮られた時代における理解度が反映されることが多い。
不朽の名作と言われる『風と共に去りぬ』(1939年)さえも、「奴隷制を肯定的に描いている」としてBlack Lives Matter運動が盛んな時期にストリーミングサービスの配信ラインナップから削除されたことがある。仕方がないとかんたんに済ませてはいけないが、なにしろ80年以上も前の作品だ。
Amazon Primeで2月27日から配信が始まり、アカデミー作品賞ノミネートでも話題となっている『アメリカン・フィクション』では、黒人や同性愛者への偏見にフォーカスしているが、この映画からは「人種差別」の描き方が次の段階へ進んだような、そんな印象を受けた。
人々の理解に変化があった影響かもしれない。それがポジティブなものかどうかは、ぜひとも映画を観て確かめてほしい。
『アメリカン・フィクション』の主役は黒人の小説家。黒人としてのアイデンティティは大切にしつつも、「作家であり、黒人作家ではない」という自負で執筆をしており、小説が黒人文学ではないにもかかわらず、本屋でアフリカ系アメリカン文学のコーナーに置かれ憤慨している。
そして彼の作品はあまり売れていない。自暴自棄になり、「こういう黒人小説が好きなんだろ」とギャング・暴力・コカインを詰め込んだステレオタイプ小説を書いたところ皮肉にも大ヒットしてしまう。
本作では黒人を直接的に差別するような人間は出てこず、むしろ差別に嫌悪感を示したり、積極的に理解しようとしたりする白人のキャラクターが多く登場する。
ではどのポイントが、「人種差別」の描き方が次の段階へ進んだと感じさせたのか。それは、理解者、また理解しようとしている人に対して「本当に理解しているのか?」という疑問符を突きつけていることである。
主人公が学生に「アメリカ南部文学」の講義をしている冒頭のシーンが非常に興味深い。「南部」とは広義な意味を持っているが、このシーンにおいてはアメリカ南北戦争における南部、つまり奴隷制度に賛成の立場をとっていた地域の文学だと理解すれば分かりやすいだろう。
ホワイトボードに書かれた文学作品のタイトルに、黒人の蔑称である「ニガー」という単語が出てくるのだ。それに対して白人の生徒の1人が「差別用語は見たくない」と主張する。講師を務める黒人の主人公が「古風な考えや、汚い言葉も出てくる」と説いても「でも、その言葉は不愉快です」と聞く耳を持たない。
理解して歩み寄ろうとする人が増えてきているのは事実だろうが、「差別反対」を大義名分に、自分の考えを一方的に押し付けて相手を理解しようとしないのは、結局差別と大差がない。この映画はそういう態度に「本当に理解しているのか?」と問いかける。自分はこうなっていないだろうかと、自問自答もしてしまう。
本作における、理解しているつもりの「意識高い系白人」というステレオタイプ描写が、劇中の黒人ステレオタイプ小説と重なるのもまた興味深い。
「人種差別」について描かれた映画と聞くと、どちらかというと重めのトーンの作品を想像するかもしれないが、この『アメリカン・フィクション』は、なんとかなり観やすいコメディ作品だ。
監督・脚本を務めたのは、今作が長編映画デビューとなるコード・ジェファーソン。これまで『ウォッチメン』『マスター・オブ・ゼロ』『グッド・プレイス』など、人気ドラマを手掛けてきた脚本家である。
ジェファーソン監督のこれまでの作品には、テンポの軽妙さが心地良いコメディドラマが多い。そのライトなノリは『アメリカン・フィクション』にも十分に生かされており、感情の整理がつく前に次の展開に進むほど非常にスピーディーな作品だが、不思議と置いてきぼりをくう感じがしない。さすがは、続きが早く観たくなるよう趣向を凝らす、ドラマ分野で手腕を発揮してきた人物だ。
そして本作では、タブーになりがちなテーマをそんなコメディ調で表現するにあたって、主演ジェフリー・ライトの落ち着いた語り口が、非常に良い役割を果たしている。近年では『ザ・バットマン』(2022年)や『アステロイド・シティ』(2023年)など名バイ・プレイヤーとしても知られているが、クールなイメージがハマり役で、かつアカデミー主演男優賞にもノミネートされている。
同賞で作曲賞にもノミネートされているので、音楽面にも少し触れたい。ジェフリー・ライトが劇中で演じている黒人作家の名前は、セロニアス・(モンク)・エリソン。ジャズ好きにはピンとくる、偉大なピアニストのセロニアス・モンク由来の名前だろう。
だからなのか、『アメリカン・フィクション』で流れる音楽はほとんどがジャズであり、(セロニアス・モンクの曲ではないが)ピアノソロがここぞとばかりに流れるニクい選曲となっている。
重いテーマと、軽妙なコメディと、ジャズ。その化学反応もまた「人種差別」の表現を新しいものにしたと感じさせたが、この映画も数年後、数十年後に価値観の古いものになってしまう可能性がある。(『風と共に去りぬ』がそうであったように。)自戒を込めて、今の自分のレベルと現代の価値観で鑑賞し、今後も定期的に観返していきたい。
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