エルヴィス・プレスリーの曲が流れない『プリシラ』ソフィア・コッポラの選曲
「ソフィア・コッポラ監督の作品はサウンドトラックが良い」という筆者の個人的な考えは、新作『プリシラ』でも実証された。
『プリシラ』はエルヴィス・プレスリーの元妻、プリシラ・プレスリーによる回想録「私のエルヴィス(原題:Elvis and Me)」を原作とし、本人もエグゼクティブ・プロデューサーとして製作に参加した作品だ。
プリシラが軍の将校である父の赴任先ドイツで、従軍してきたエルヴィスに初めて会ってから「自分自身の人生を生きる」とエルヴィスから去るまでの物語となっている。
プリシラ自身、『裸の銃を持つ男』などへの出演で知られる著名な俳優だが、どうしても「エルヴィスの妻」という世間のイメージから逃れるのは難しい。その条件下にもかかわらず、本作はエルヴィス・プレスリーの楽曲が流れない映画となっている。
プリシラとエルヴィスがドイツで出会ったのが1959年。彼らの結婚生活は1967年~1973年で、ソフィア・コッポラ監督も1950~60年代の曲を主にピックアップしている。正確には、音楽を担当したのはコッポラ監督の夫トーマス・マーズが所属するバンド「フェニックス」。それぞれが好きな楽曲を持ち寄り、作品に合う音をそこから模索していったという。
冒頭、聴こえてきた音楽で「あれ、プレスリーの曲じゃないんだな」と気が付いた方も多いかもしれない。勝手なイメージで「Love Me Tender」なんかがかかりそうなものだが、ここで流れていたのは、ラモーンズの「Baby, I Love You」。1964年にリリースされたロネッツの曲を、ラモーンズが1980年にカバーしたものだ。
曲自体は映画の時代と合致させておきながらも、音源はより新しいものを使って時代の橋渡しをするという、粋な幕開けになっている。
プリシラとエルヴィスが初めて出会った時に実際にかかっていた曲はフランキー・アヴァロンの「Venus」だそうだ。本作でのその場面は、フェニックスがカバーしたバージョンが流れている。
本人が製作に携わっていることでの信憑性の高さで実現した選曲と演出になっており、細部にまで音楽にこだわる姿勢がうかがえる。
またラストシーンでかかるのは、1974年(プリシラとエルヴィスが離婚した翌年)に発表されたドリー・パートンの「I Will Always Love You」。『ボディガード』(1992年)でホイットニー・ヒューストンが歌う”エンダ~”が圧倒的に有名になってしまったが、実はこのバージョンもカバー曲だ。『プリシラ』で流れるのはそのオリジナル。
この曲は、ドリー・パートンが関係を解消した長年のデュエットパートナーに向けて作ったものであり、映画におけるプリシラとエルヴィスの関係性にも重なる部分が多い。コッポラ監督は次のように語っている。
意図してかどうかは分からないが、カバーとオリジナルという時代を繋ぐ曲の使い分けが本当に上手い。
時代に合わせるというだけでなく、単にシーンと合うかどうかという選曲もある。
映画中盤、突如ダン・ディーコンによるエレクトロミュージック「The Crystal Cat」が流れる。この曲は、エルヴィスに「自分好みの黒髪にしてほしい」と言われたプリシラが、すぐさま髪を染めてヘアメイクにいそしむというシーンでかかっており、曲の速いテンポが「急いでエルヴィス好みにならなくては」というプリシラの純情を表現するのに一役買っている。
この「The Crystal Cat」のがリリースは2007年。映画の年代でも新譜でもない。フェニックスによる選曲かもしれないが、ここでこの曲を選ぶセンスはさすがである。
ちなみに本作では、エルヴィス・プレスリーの曲は使わなかったのではなく”使えなかった”そうだ。コッポラ監督は、権利を所有するエルヴィス・プレスリー・エンタープライズに楽曲使用を依頼したが断られている。プリシラと共に受けたインタビューの中で次のように語っている。
直近でもバズ・ラーマン監督による『エルヴィス』が素晴らしかっただけに、何とも残念な話である。
しかしコッポラ監督も言うように、この映画の主体はあくまでプリシラであることを考えると、鑑賞を終えた今、プレスリー曲なしとなった今回の選曲以上のものは考えられないように思う。
繰り返すが、ソフィア・コッポラ監督の作品はサウンドトラックが良い。そして本当に音楽の幅も広い。
『ロスト・イン・トランスレーション』(2004年)では、はっぴいえんどとスクエアプッシャーが混在しているし、前作『オン・ザ・ロック』(2020年)はチェット・ベイカーなどのジャズをメインにマイケル・ナイマンのピアノも登場する。『プリシラ』における遊びも、述べた通りである。
良サントラ案件は、事前に聴いてから映画鑑賞の感受性を上げることも、鑑賞後にサウンドトラックから映画に思いを馳せることもできる。ソフィア・コッポラ監督作品は、ぜひそのようにして耳でも楽しんでいただきたい。
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