実話ベース法廷劇『シカゴ7裁判』の脚本と編集が凄い話
第93回アカデミー賞にて作品賞、助演男優賞、脚本賞、撮影賞、編集賞、歌曲賞の6部門にノミネートされた『シカゴ7裁判』。残念ながら受賞は逃してしまいましたが、私は改めてこの映画が傑作であると言いたい!
50年以上も前の事件と裁判という題材が、このタイミングで映画となり、高く評価されているのには、この映画が持つ現代にも通ずるテーマと、それを表現した脚本と編集が傑出しているからだと考えています。
『シカゴ7裁判』を脚本、編集、現代性という3つの観点から解説します。
※途中までネタバレはありません。
映画の概要
『シカゴ7裁判』は2020年公開のNetflixオリジナル作品。
1968年、ベトナム戦争反対のデモを行うために、民主党の全国大会が開催されるシカゴに集まった活動家・市民・学生団体が現地警察と衝突し、双方に多数の負傷者を出してしまうという結果に。
市民側の各団体代表7人(通称:シカゴ・セブン)がその大規模な衝突を引き起こしたとして起訴され、裁判では代表間に「共謀」があったのかどうかが争点となりました。広くメディアに報道され世間の大きな注目を集めた、デモ・裁判前後の過程がこの映画では描かれます。
監督は、マーク・ザッカーバーグらによるFacebookの創業を描いた『ソーシャル・ネットワーク』の脚本や、Appleの創業者スティーブ・ジョブズを描いた映画『スティーブ・ジョブズ』の脚色を担当した、実話を基にしたストーリーの脚本・脚色を得意とするアーロン・ソーキン。
スピルバーグが監督したかった、脚本が凄い
そんなアーロン・ソーキン監督は、実はシカゴ・セブンを題材にした脚本を2007年には書き上げており、監督にはスティーヴン・スピルバーグが名乗りを上げていました。
スピルバーグ監督がメガホンを取ろうとしていたというエピソードだけでも、この脚本が面白いのだろうという事がうかがえますが、全米脚本家組合によるストライキなどの問題が重なりスピルバーグ監督は降板。
脚本家のアーロン・ソーキンは『モリーズ・ゲーム』(2017)で監督を経験していたこともあり、最終的には自身で今作の監督を務めることになります。
時間も、場所も、人も変わる、編集が凄い
映画って当然ながら、時間軸のとある1点で、1人の登場人物が、1つの場所において物語が展開していく訳ではないですよね。(そういう映画もあるかもしれませんが。)過去の回想が入ったり、複数の人物がいたり、色んな場所に移動したりするのが一般的だと思います。
なので多数の時間軸と、登場人物の視点と、場所の変化が多い脚本と編集は、観る側を置き去りにしてしまう可能性が高まるので、製作側のハードルがかなり高いという事です。
しかし『シカゴ7裁判』はというと、裁判中の現在・デモの起こった過去・裁判を回顧する未来という3つの時間軸を、被告となった8人・弁護士・検察官・裁判官・被告人の家族や友人など、ありとあらゆる登場人物達の視点から、どんどんスイッチしていき超多角的に一連の出来事を見ていくという編集と脚本の職人芸が130分の上映時間全編に渡って展開されていくという構成になっています。
複雑な構成にも関わらず「観る人」を決して置き去りにすることなく、それどころかそうした視点のスイッチによって、虫食い状態だった出来事を少しずつ明らかにしていき、1つの事実に帰結していくこの脚本と編集にただただ圧倒されます。
現代に繋がるキーポイント①大統領選挙
※ここからは物語の核心にこそ触れませんが、内容に若干触れますのでネタバレに敏感な方は、映画をご覧になってからお読みください。
『シカゴ7裁判』の劇中で起こる出来事の時系列を整理すると、第36代のジョンソン大統領在任時のアメリカ大統領選挙中に、シカゴでデモ騒動が起こり、第37代のニクソン大統領就任後に起訴・裁判という順になります。
ニクソン大統領への交代に伴うアメリカ司法長官の交代もありましたが、この司法長官の現任と前任の立場・意見の相違というのが物語の展開に深く関わるキーとなっています。
映画は、ニクソン大統領の「ベトナムへの兵力増強と徴兵」という演説の実際の映像から始まります。これはこの劇中で、デモや裁判を通して反戦を訴えたシカゴ・セブン達の努力を無に帰す様な強烈な皮肉です。
現代に繋がるキーポイント②黒人差別
「シカゴ・セブン」という名の通り、最終的に起訴されたのは7人でしたが、裁判の開始当初はボビー・シールというブラックパンサー党の委員長を含めた8人でした。(ボビー・シールはスパイク・リー監督の『マルコムX』にも登場します。)
彼は、そもそもの起訴が理不尽なこの裁判に「検察は印象を悪くするために、被告人に黒人を加えたかっただけだ」と幾度となく主張をし、最終的には裁判長の指示で、手錠を掛けられ猿轡まではめられてしまいます。
その際に、暴力で押さえつけられたことも痛々しいですが、アメリカの権威ある法廷内で被告人が拘束され猿轡をしている状態の異常性を訴えた弁護人に対し「私を黒人差別主義者だと示唆してきた人間は君が初めてだ」と老人の裁判長が主張する場面は、なかなか怒りで血が沸く見所なシーンです。
公開のタイミングに見る現代性
冒頭に書いた通り『シカゴ7裁判』のアメリカ国内での公開は2020年の9月。つまり、2か月後の2020年11月に、4年に1度のアメリカ合衆国大統領選挙を控えているというタイミングでの公開となりました。
この劇中の選挙にて当選するニクソン大統領は共和党の大統領で、映画公開時のトランプ大統領も共和党。
もちろんこの映画自体は表立って共和党と民主党の良し悪しについて言及してはいませんが、映画冒頭などの表現から共和党のニクソン大統領への批判も暗喩しているこの映画を、共和党の現職大統領の再選を賭けた選挙前に公開した事は、何かしら意図があったのではないかと勘繰ってしまいます。
さらに2020年は、5月にミネソタ州で白人警察官がアフリカ系アメリカ人の一般人を死亡させた事件を発端とした、人種差別の抗議運動、BLM(Black Lives Matter)運動が激化した年でもあります。
1968年にボビー・シールが法廷内で受けた様な、もしくはそれ以上の差別が50年以上経った今も起こっているというのが現実です。
おわりに
サシャ・バロン・コーエン演じるシカゴ・セブンの1人、青年国際党の創設者アビー・ホフマンは、劇中の大体のシーンはおどけてハッパを吸ってLSDもやっているような調子の人間ですが、証言台に立つと一転、1861年のリンカーン大統領就任時の演説を引用して話します。
人民は政府を改める憲法以上の権利を持つ。
革命的権利の行使により、政府を解散させ転覆させることができる。
「どのように転覆させる?」と弁護人に問われ、
「この国では4年ごとにやってる」と彼は答えます。
被告人達の中で最もクレイジーだと思われていたアビー・ホフマンが「民主主義に則り平和的に政府を転覆させる方法は選挙である」と主張し、自らを含むシカゴ・セブンが沈着冷静だと印象付けたセリフです。
豪華俳優陣によるこのような知的でウィットに富んだ会話劇と演技合戦を、傑出した脚本と編集で彩った『シカゴ7裁判』。
GWのお家時間のお供に、ぜひご検討ください!
(画像引用元:IMDb https://www.imdb.com/title/tt1070874/)