本当に命を懸けてるドキュメンタリー『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』
凄いタイトルだな…とまず思う。ゲイの粛清という「ゲイ狩り」のインパクトも強いですが、チェチェンはウクライナ侵攻で話題の渦中にいるロシア連邦に属する共和国。現在進行形の問題ともオーバーラップするこの映画が意図せずこの時期に公開になったのにも、偶然とは言えない何かを感じます。
と、いう事でMadeGood Filmsさんよりご招待いただきオンライン試写にて鑑賞したこの衝撃的なドキュメンタリー『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』を、より深く理解できるようにネタバレなしで解説していきたいと思います。
前段の情報整理
チェチェン共和国とは
ロシア連邦を構成する21共和国のうち、唯一ロシアからの独立を主張している共和国で、ロシア南部のジョージアと隣接する位置にある、四国と同じくらいの面積の国です。
1990年代には、ロシアからの分離独立を目指した政権と、その政権に反発する派閥による武装蜂起、さらにそこへロシア連邦軍による軍事介入があった通称「チェチェン紛争」が起こりました。2007年に現職で親露派のラムザン・カディロフが大統領に選出されて以降も、チェチェン独立派武装勢力による動きが懸念されている状況です。
映画にはこのラムザン・カディロフ大統領も、そしてロシアのプーチン大統領も出てきます。
ロシアにおける同性愛
ロシアには2013年に成立したこんな法律があります。
「同性愛を含む非伝統的な性的関係」を未成年に宣伝することを禁じたもので、性的少数派の方達の日常行動まで規制すると懸念され、同性愛嫌悪に基づく暴力の増加と正当化に繋がるとして批判を集めました。
2014年にロシアで開催されたソチオリンピックでは、欧米諸国の首脳陣がこの法律に抗議して開会式をボイコットしました。(先日まで開催されていた北京オリンピックでもありましたね…外交ボイコット。)
余談ですが『チャイルド44 森に消えた子供たち』という映画はご覧になったことあるでしょうか?
52人を殺害した実在する猟奇殺人鬼を追う捜査を描いた映画で、この事件の証人の1人がゲイだったことから、ゲイ狩りが起きてしまい事件解決が大きく遠のいてしまうシーンがあります。
この映画では「楽園(ソ連)に殺人は存在しない」と主張し、捜査に本腰を入れなかった事からいたずらに犠牲者を増やしてしまう愚かさが描かれますが、『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』の劇中でもチェチェン共和国のラムザン・カディロフ大統領は「チェチェンにゲイは存在しない」と発言し、国内での暴力や殺人の問題を野放しにしているように見えます。
一国の首長がこの時代にこんな発言をするのか…。
映画の概要
映画本編ではまず、なぜチェチェン共和国で国家主導による「ゲイ狩り」が始まってしまったのかという説明からしてくれるので、前段で整理した内容を知らなくても映画の内容を理解する事はできます。
チェチェンでは同性愛やトランスジェンダーは「悪」とされ、当事者は拘留・拷問され最悪の場合は処刑されるという事が国家主導で行われており、劇中にもロシアのLGBTQ活動家グループによって提供されたその残虐行為の映像が出てきます。
この映画に登場するのは、当事者である被害者と、彼ら彼女らをを秘密裏に国外に脱出させ保護するLGBTQ活動家たち。
助けを求める犠牲者たちを活動家がどのようにして脱出させるのかという地下活動を、ゲリラ撮影の手法で撮影し追っています。救援ホットラインの開設や、広範囲に及ぶ支援ネットワークの提供、一時的な避難所、安全な住居、緊急避難の対応など、多岐にわたる活動に迫るドキュメンタリーです。
空港にてパスポートのチェックを受けて税関職員とやり取りをするシーンはかなり冷や汗ものです…。『アルゴ』を思い出した。
映画が持つリアリティの凄味
人権無視の拘留・拷問・処刑が罪に問われない暴挙に対して、声を上げるには情報が少ないという現状の中、この映画の公開それ自体にもリスクを冒しているという事へのリアリティを感じますが、さらに凄味を持たせていると感じる点が2つあります。
1つはゲリラ撮影であるということと、もう1つは出演している被害者の命を守るため「フェイスダブル技術」を駆使して身元を特定できないようにしているということ。
この撮影方法によって本当の現実を目の当たりにする事ができますが、秘密裏に動く被害者の顔がバレては避難先でも危険が及んでしまいます。そこで導入された技術が「フェイスダブル」です。
ディープフェイクの使用法を更に進化させた「フェイスダブル」はドキュメンタリー映画に取り入れられるのは初の試みで、これによって出演陣は報復を恐れずに真実や自身の心境を語り、感情のある印象的な映像になる事でこの映画のドキュメンタリー性を強めています。
最後に
こういった特報映像によって隠されていた真実を知る、その価値の大きさを感じられた素晴らしいドキュメンタリー映画です。それを支えたのが新しい映像技術だというのは映画ファンとしては嬉しい限りですが…それよりも出演陣が文字通り「命」を懸けているからこそ観られる映像です。
1人でも多くの方に観ていただきたいです!ではまた次回!
視聴は「こちら」から。