親子の距離
限りなく、平凡で月並みな話になることをあらかじめ断っておきたいが、親と子の距離は、永遠のテーマだ。
自分と、自分の親との距離
自分にとって、自分の親との距離は、当然さまざまに色合いを変えながら、近づいたり遠のいたりした。
ごくごく単純に説明してしまえば、幼少期に、ごく密接にいた両親にも、次第に物心がつき始めた頃から、その言葉が示す通りに、徐々に心理的に「距離」を置き始め、大学入学に伴い、両親の元を離れて都会で暮らし始めたことをきっかけに、物理的にも「距離」を置いた。
学生時代、友人との付き合いが増えるにつれ、心理的、物理的以上に、違う意味での「距離」が増したように思う。
さらに、結婚し、子供ができ、家族を引き連れて海外を渡り歩くうち、知らず知らず、自分の両親よりも、自分のパートナーと子供達に夢中になり、気づけば、いや無論気づいていたのだが、自分の親との距離は、幾重の意味において隔たりを大きくした。
距離の意識
が、そこで、自分は、親との距離が大きくなった、などと観測していた訳ではない。むしろ、観測することすら忘れていたのだ。あまりにも、自分の身の周りのことに夢中になるがあまり…
それは、ある意味、距離すら無かった、とも言える事象ではないか。
残酷な現実ではあるが、別に親子の距離のみならず、男女の間においても、起こり得る。
片方は一方的に距離を縮めたく願いながら、他方は全く意識もしていない。それが故に、「ただの友人として」笑顔で接するも、そこに距離が生じていないという喜劇あるいは悲劇。一方からみれば、無限の距離。他方から見れば、距離が生まれてすらない。
いや、男女の間の距離については、改めて、語るまでも無いほどに、さらに月並みなテーマではあるので、今回は深堀しないが。
距離は非対称
当時、つまり自分が自分の身の回りのことに夢中になって、親との距離を変容させる過程で、両親がどのように感じてきたかは、分からない。
が、これまた、極めて月並みな告白にしかならぬが、そのような過去の両親の、距離についての受け止め方について、想いを巡らせるようになったのは、そう、徐々に、自分と、自分の子供達との距離を感じるようになってからだ。
自分と、自分の子供との距離
じぶんに子供が生まれた時の衝撃は凄まじかった。
世の中に、これほどまでに愛おしいものがあるのか。
生まれたばかりの赤ん坊がふとした拍子に見せる笑顔に、もうこんな奇跡のように幸せな日は無いと感じた翌日に、さらに美しい笑顔を見せつけられる。
我を忘れて、子供と過ごす時間にのめり込んだ。
そこにも、距離は一切なかった。
距離がゼロだったのではない。距離という概念自体が存在し得なかったのだ。
子供の成長と共に
そうするうちに、当然、子供は成長していく。
徐々にお友達が増え、学校というある種の社会に入り、自我を育てていく。
子供達の周囲に、子供達が世界を測るための距離が徐々に芽生えていく。
それでも、子供に夢中だった自分は、子供との距離を感じなかった。
ただ、それも時間の問題。
ようやく最近「ああ、そうなのか、かつて自分がそうしてきたように、彼女たちも今、羽ばたこうとしている、心理的に、物理的に、そしてもっと違う意味で(未だそれをなんと形容していいのか分からないのだが)、距離を形成しつつあるのか…」と、不意打ちを喰らった…
親子の距離の発見
と、ここまで、時系列に沿って、記したが、実際の発見は逆だ。
そう、ようやく、ここにきて、自分も親子の距離を発見するに至った。
意識、距離、暴力とネットワーク社会
相手を絶望させるか、無邪気に喜ばせるかは別にして、意識をしない限り、距離は生まれない、発見されもしない。
意識をした瞬間に距離が生まれる。
そして、そこで生じた距離は、相手を絶望の淵に追い詰めるか、手放しで喜ばせる奇跡の時間空間を織りなすか、暴力的なまでのパワーを担う。
距離、という言葉が現代の社会のキーワードになりえるのは、超高度に発達したネットワーク社会が、膨大な個々のつながりを促進する中で、そのネットワーク上に、さまざまな「意識」を生み出してしまうが故に、膨大な数の絶望と希望の暴力を誘発しているからだろう。
我々は、すでに可能性として、きりんの夢を見ているカムチャツカの若者と、朝もやの中でバスを待っているメキシコの娘と、柱頭を染める朝陽にウインクをするローマの少年が、事実、ネットワーク上で、瞬時に出逢えてしまうような世界に生きている。
(谷川俊太郎さんの詩『朝のリレー』から参照)
そして、我々を煽る「意識」はさまざまなイメージと共に、これまた制御不能な形で溢れかえっている。
そんな時代に、この「非対称な距離」を一体どう扱えば良いのか?
時代を生き延びる知恵としての、距離の扱い方、触れ合い方。
かつて、世界を測る手段として、そして社会を形成する時のガイドとして、宗教が果たした役割を、今、「距離」にまつわる何かしらの哲学がまかなわなくてはいけないのではないか、とすら想像する。
今更指摘するまでもなく、Covid-19と呼ばれるウイルス騒動が、ここ数年、世界を揺るがせている。
そのコロナ対策で、世界中がこぞって提唱されたのが、Social Distancingだ。
だが、それは、単に、公共の場で適切な物理的な距離をとりましょう、という標語の問題ではない。
コロナ騒動が巻き起こした、社会構造の変革、Work From Homeを含めた勤務スタイルの変化、それらが影響を与えて変容させた各々の家庭・職場・社会の中での人間関係、全てにおいての、Distancing/距離が問題になっているとみるべきだろう。
あまりにも大きなテーマゆえに、短いテキストでは語りきれないが、おいおい取り組んでいきたいと思う。
そして希望
それは、確かに壮大なテーマではあるが、ただし、頭を悩ます壮大な大問題でしかない、という訳でもない。
そうやって、親子の距離に気付かされ、自身が突き放してきた自身の両親との距離であっても、非対称な男女の距離であっても、例えば、その両親やこれまで距離すら介在させていなかった相手が健在であれば、思い立った瞬間に繋がり合えるネットワーク環境を我々は手にしている。
要は、それも、そうと意識した瞬間に我々は暴力的に繋がり合える、つまり距離を縮めることが可能な社会にいるのだ。
時間の経過に伴い、相手を失うことだってあるかも知れぬ。永遠に相手を失った距離と、いかに寄り添えば良いのか。それだって、この強大なネットワークの中から産み出すことができるはずだ、それをするのが、現代に求められる哲学的なスタンスであって良い。
ロシアとウクライナの国家としての距離を定義する国境で、今、睨み合いが続いている。それは、国家間の(さらには、当該国家を超えた世界的な)、物理的な距離、歴史的な距離、文化的な距離、政治的な距離、さまざまな距離を隔てた、非対称な距離にまつわる睨み合いだ。
平和ボケした噴飯もののコメントと大笑いされることを覚悟で言うが、国境付近にスタンバイする兵士達が、きりんの夢を見ているカムチャツカの若者や、朝もやの中でバスを待っているメキシコの娘や、柱頭を染める朝陽にウインクをするローマの少年らと、朝をリレーする術を持ち得さえすれば、つまり、非対称な距離が芽生えていることを理解した上でそれを扱う方法さえ手に入れることができれば、我々は、まだ地球を守ることができるではないか。
そんな思いを禁じえない。
取り急ぎ、遅ればせながら、高齢の父親の誕生日を祝うメールを異国の地から送りつつ。